百十余年の歴史を持つ文房具専門店の伊東屋。昨年リニューアルした銀座店は、12階建てビル内にレストランや野菜工場を設けるなど、ユニークな試みで話題を集めている。国内外に店舗を展開し、従業員数はパートを含め約550名にのぼる。

伊東屋 代表取締役社長 伊藤明(いとう・あきら)氏
1964年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、米国アートセンターカレッジ・オブ・デザインで工業デザインを学ぶ。1992年、伊東屋入社。2005年に代表取締役社長に就任。銀座の振興に資する団体でも活躍中。
―伊東屋の「現場力」とは?
2015年にリニューアルした銀座店の建て替えプロジェクトにあたり、従業員と何度も話し合いを重ねました。新しい店はどのような店にしたらいいのか、これまでどおりの文房具店を続けていてお客さまは今後もいらしてくださるのか。そのとき誰もが口にしたのは「伊東屋らしくするのがいい」ということでしたから、それは果たしてどのようなことなのか、改めて考える機会になりました。
伊東屋は明治37年に銀座で創業しました。初代の勝太郎はこのときどういう思いだったのか、彼が書き残したものを読み解き、書いていない部分は想像力を働かせ、「伊東屋らしさ」とは何なのかを分析していきました。
我々が大切にしているのは、新しいものを見つけて、お客さまに紹介すること。また商品は使い捨てではなく、一度手にしたらずっと使いたくなるようなものであるべきですし、販売業としては人と人との関係性を大事にしていなければなりません。そんな風にして分析した「伊東屋らしさ」を具体的な文章に落とし込んで冊子にまとめていきました。
たとえば「伊東屋で働くということは、伊東屋の使命を理解し、価値観を共有し、そして同じ目標に向かって歩んでいるということです。働く姿勢とは共に歩く姿勢だと考えてください」といったことが書いてあります。これを当社従業員だけでなく、取引先にもお渡しして、当社の事業における考え方をご理解いただけるようにお願いをしています。
―どのようにして伊東屋らしさの浸透を図っていますか?
当社では月に1回、当月に誕生日を迎える従業員を集めて誕生会を開催しています。部長が持ち回りで登壇し、私も皆の前で話します。誕生会は毎月開催しますから、1年かければ、皆に直接会って話をすることができるわけです。この会を活用して、従業員に伊東屋らしさとは何かを説明して回りました。社内の価値観をそろえることが大切だと思っているからです。
そこで話したことのひとつが「お客さまに限らず、人と話をするときは、必ず相手の立場を考えるようにしましょう」というもの。相手の立場を考えるとは、相手に万事合わせることではありません。相手を大事にするだけでなく、自分のことも大事にし、信念を持たなければ、相手の立場に立った発言はできません。
―そうした姿勢が、新しいものを発信する「伊東屋らしさ」につながるのですね。
実を言うと創業100周年のときに「伊東屋の理念」を策定したのですが、伊東屋らしさを浸透させるという意味ではあまり役に立ちませんでした。企業理念はどの会社も「製品やサービスを通じて社会に貢献します」という内容になりがちです。提供した製品やサービスの対価が得られるということは、お客さまが価値を感じてくれたということだから、社会に貢献していることになる――そんなロジックなのでしょう。だから、どの会社も似た内容になり、当社の理念も同様でした。こうした経験も踏まえて取りまとめたのがミッションとビジョンです。
ミッションは「クリエイティブな時をより美しく、心地よく」。簡単に言うと「仕事のサポートをする」ということなのですが、一口に仕事と言っても…