「どれもおいしいなんて最初から正解を知っているようなズルくなった気がするの」。2023年のTCC賞のひとつに選ばれた、ハースト婦人画報社「婦人画報のお取り寄せ」(2022)のコピーだ。制作したのは、岡本欣也さん(オカキン)と、泉田岳監督(TOKYO)。TCC賞を監督が受賞するのは異例のこと。泉田さんのコンテに書かれていた言葉が受賞に至ったという。制作の裏側を2人に振り返ってもらった。
象徴的な、最初の打ち合わせでのひと言
岡本:僕は泉田さんが企画・演出をした、ホットペッパービューティーのWebCM「春」(2019年、同年のTCC賞も受賞)が大好きなんです。同じ2019年に、泉田さんが作家や演出・出演もしている「劇団ドラマティックゆうや」の公演を観に行って感銘を受けたから、いつか一緒に仕事をしたいと思っていたんですよ。それで2021年の終わり頃、僕がブランドづくりに携わっていた「婦人画報のお取り寄せ」で動画をつくることになったので依頼をしました。
泉田:ありがとうございます。当時周りには、「広告のすげぇ人たちが観に来るような劇団なんだぞ」と自慢していました(笑)。ご依頼いただいたときは、既に新聞広告などは出されていましたよね。
岡本:うん。そもそもは「お取り寄せ」事業が2021年4月で10周年の節目を迎えるということで、まずは「私と、誰かを幸せにしよう。」というステートメントをつくったんです。アートディレクターは西岡ペンシルで、グラフィック広告を展開していました。その中で映像もつくろうという話になり、そこで泉田さんにお願いしようと考えたわけです。ステートメントのこと、条件など、全部ありのままに相談させてもらって。
泉田:そうでしたね。
岡本:そのとき、今から考えると少し象徴的な話があって。僕が「『お取り寄せ』が届いて、ふたを開けた時の喜びを表現したらどうか」と言ったら、泉田さんは「そこに人間関係が発生していないと、映像として面白くないんじゃないか」ということをはっきりおっしゃって。僕は発想が一枚絵になりがちですが、泉田さんは人と人が交わす言葉やその関係性で、物語を組み立てていく人なんだなってよくわかったんです。
泉田:もちろん一枚絵も素敵なものになるだろうと思いつつ、当時まだコロナ禍で、僕らより少し上の世代が自分のために取り寄せる「お寄り寄せ」の他に、帰省できなかった若者が実家に送るとか、色々な方向性の需要が発生しているというお話を聞いていました。その時だからこそ生まれたこの新しい矢印は、コミュニケーションとしても新しく見えるだろうなと思って。友だち同士や同僚になど、さまざまな矢印を描ける仕事なんじゃないかなと感じたんです。
岡本:そのあと2回目の打ち合わせのときに、古川裕也さんや山内ケンジ監督がつくった僕が大好きなAppleの名作CMシリーズ「Macの理想は人間です。」を見ていただいて。これは、Macではコンピュータづくりの際に、間違えたり感情的になったりという人間の弱い部分を前提としていて、だからそれをフォローする機能になっているんです、ということを伝えているんですけど。その考え方がいいなと思っていたら、泉田さんも見た瞬間に「わかりました。いいですね」って理解してくれましたよね。
泉田:僕も好きなCMだったので(笑)。
岡本:そして今回は決まっていたのは落としどころのキャッチコピーだけで、本数も秒数も決まっていなかったんですが、それでも次の打ち合わせでシナリオとVコンをそろえて持ってきてくれました。
泉田:僕は毎回、シナリオを書いたあとにそれを自分で読んだVコンをつくるんです。そこでフラットに映像として見て言葉が強すぎないか、こんなこと言われたら嫌な感じがしないかなど、温度感や距離感を見ています。
岡本:なかなかそういう作業を提案時にしてくる人はいないと思います...