東京・浅草にある「茶室ryokan asakusa」は、茶室をテーマにした宿泊施設だ。その2号店となる飲食店「茶室ニゴウ」が2022年6月にオープンした。茶室や浅草ローカルの猥雑さを抽象化した、アート作品のような空間が特徴的。ブランディングを担当するGRAPHの北川一成さんに、アートがもたらす体験価値について聞いた。


「茶室ryokan asakusa」の敷地面積は約86平方メートル。その狭さを逆手にとり、茶室をコンセプトに据えた。
わずか5畳の客室で非日常を体験
「茶室ryokan asakusa」(以下、茶室ryokan)は、2019年に開業した都市型の旅館だ。敷地面積は26坪(約86平方メートル)。初期投資を抑えることができ、大手の同業者と競合になる可能性が少ない狭小地を活用している。客室数は全10室で、最も小さな部屋は約5畳だ。一般的にカプセルホテルやビジネスホテルは狭い空間を広く見せるように設計されているが、それとは真逆。狭いことが魅力となるように、「茶室」をコンセプトとした。「茶の湯の精神や日本文化を体験できる宿泊施設」というストーリーでブランディングを行っている。
茶室ryokanを運営しているのは、不動産会社のレッドテック。同社の石川裕芳社長と北川さんは、共通の友人を介して知り合った。北川さんは茶室というコンセプトを、アートのように抽象的に体現することを提案した。その理由について、次のように説明する。
「もし本当の茶室としてリアルに再現するとなったら、コストがかかり過ぎて採算は合いません。とはいえ、インテリアとして茶室風にデザインするのは、単なるディテールのコピーでしかない。今までにない宿泊体験をもたらすためにも、アートを生み出すときのように、茶の湯の文脈や歴史を踏まえて本質を抽出し、茶室ではない、新しい何かをつくることを提案しました」。
アート作品を鑑賞する際のように、宿泊者が茶室らしさを自由に感じたり、自分なりに意図を解き明かしたりできる空間を目指した。そんな体験がアートの醍醐味でもあり、非日常を味わうことにもつながるという考えだ。
たとえば各部屋の入り口は、小さめに設計されている。モチーフにしたのは茶室の「にじり口」だが、忠実に再現するのではなくエッセンスとして取り入れた。「頭をかがめて入ることで、錯覚で部屋が広く感じられる」と北川さん。エントランスは、道路に面した小さな中庭の奥にある。この中庭は、茶室に付随する「露地」を現代的に解釈したものだ。設計は、前田圭介さんが主宰するUIDが手がけた。
サービスについては、日本文化の体験というテーマで独自に開発。たとえば、靴を脱いで施設内に入る前、足湯に入るというプロセスがある。これは、江戸時代の旅人が足を...