「写ルンです」、純喫茶にクリームソーダ、カセットテープ......。ここ数年、若者たちを中心に、昭和レトロブームが盛り上がりをみせています。集まってくれたのは、4月10日まで東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中の展覧会「ニッポン国おかんアート村」で共同キュレーターを務め、民俗からファッション、アートまで独自のフィールドワークと発信を続ける編集者・写真家の都築響一さん。
多くの著書をはじめ、情報サイト「純喫茶ジャーニー」、お気に入りの店のロゴやメニューをグッズ化した「純喫茶ティーシャツコレクション」など、純喫茶をテーマに幅広く活動する難波里奈さん。広告写真家として活躍するほか、かつての東京と現在の東京の風景を同位置・同角度から撮影し、ベストセラーとなった写真集『東京タイムスリップ1984⇔2021』(河出書房新社)を手がけた善本喜一郎さん。なぜ今、レトロが人々の心をとらえるのか、それぞれの視点から語っていただきました。
幻想の昭和と本当の昭和
都築:昭和レトロって、若い人たちの間のブームなんですよ。「幻想の昭和」というと言い過ぎだけれど、自分たちがそこで生まれ育ってないから、いいところだけをとって楽しんでいるというか。
善本:昨年、現在と懐かしの東京を同じ場所から撮影した『東京タイムスリップ1984⇔2021』という本を出版したのですが、僕のInstagramのフォロワーも半分以上が20〜30代。コロナで実家に帰れないので親に送る、なんて泣ける話もあって。
都築:善本さんは昔の東京を知っているじゃないですか。もちろんぐちゃぐちゃした街のかっこよさもあるけれど、実際そこに行ってみると、すごくにおいが強烈だったとか。だから僕たちのように当時を覚えている人は、今の方が良くない?みたいな感覚になるわけですけど。
善本:確かにいいことばかりではなかったけれど、若い人は身近な肉親の生きていた昭和という時代に興味があるんでしょうね。
難波:私も昭和生まれですが、まだ子どもだったので。純喫茶にハマったのは、懐かしいものが好きというより、好きなものがその時代につくられていたから。先ほど都築さんがおっしゃったような大変な部分は知らないのに、便利な現代から昭和を眺めるというのは、ちょっとずるいのかなとも思ったりすることも......。
都築:いやいやいや、全然いいですよ。
難波:純喫茶好きの若い女性たちも、こんなにかわいいものがあるんだ!という、ふんわりした気持ちで見ているのかな?と。
都築:僕は今、「下町レトロに首っ丈の会」という女性ユニットと共同で、「ニッポン国おかんアート村」という展覧会のキュレーションをしています。彼女たちは、神戸の下町に残る喫茶店や古民家を訪ね歩いているのですが、最初は喫茶店の奥さんから怒られたそうなんです。
難波:怒られた?(笑)。
都築:こっちは「古くしたくて古くしてるんじゃない」って。だけど「この灰皿はかわいすぎる!」みたいな話をしているうちに、「だったらあっちにもいい店があるし」とか教えてくれるようになって。そうやって訪れるところに必ず、妙な人形なんかが置いてあって、そこからおかんアートにハマっていったと言うんです。
難波:今でこそ少なくなりましたが、初期の頃は私も純喫茶に行くとよく「勧誘?」とか「なんで来たの?」と言われていました。
都築:純喫茶って、何十年も毎日そこでたばこを吸って新聞を読んでいるようなお客さんがメイン。そういう人にとっては、レトロって何?って感じだし、なぜ評価されるのかがわからない。そのギャップがすごく面白い。
難波:お店の人もだんだん「うちのコレがかわいいんだ」とか「貴重なんだ」と気付いてくださって、店が続いていくうえでは新しい目線も大事なんだなと考えさせられました。
都築:難波さんのような人は発掘の最前線に立っているわけですから、嫌がられることもありますよね。カラオケスナックや大衆酒場も全く同じで、若い人に再発見されるのと同時に、そこにいたおっさんたちが行き場を失っていく。両方ありますね。
善本:SNSの時代になって、拡散するスピードが一気に上がりましたよね。なんだか知らないけれど皆、クリームソーダを撮りだすとか。ひとりが「かわいい」って言い出すと、その共感がどんどん広がって、「見て見て見て」のオンパレード。
都築:ただ、そうやってつくられたイメージが、その時代を知らない人にデザイン的な刺激をもたらすことはありますよね。
難波:数年前に、スタバがクリームソーダやプリンアラモードを期間限定で発売する企画がありましたが、喫茶文化の逆輸入みたいなことも起こっています。
善本:うちの娘も大学時代にスタバでバイトをしていて、その仲間と、卒業旅行に名古屋の純喫茶巡りをしていましたから。
都築:純喫茶にしてもスナックにしても、ただかっこいいじゃなくて、近々滅びゆくっていう予感は確実にあるでしょうね。
善本:朽ち果てていく美、みたいな。僕も「この風景はなくなっちゃうかも」と思って、写真を撮ることは多いですね。
KYOICHI TSUZUKI’S WORKS
昭和のデザインはオンリーワン
都築:若い人が古いものにハマる根源には、今のデザインがつまらないというのがあると思うんです。たとえば、MacBookにステッカーを貼って個性を出そうとしたり。だってフェラーリにステッカー貼る人っていないでしょう?オンリーワンのものには個性の後付けって必要ないんですよね。
善本:写真を撮っていても、今はどこの街も再開発されて景観が似ている。数十年後に同じ場所を撮ったとき、現在の風景がノスタルジーを誘うかといったら疑問ですよね。
都築:クールでシンプルだけど、マーケットリサーチ主導で、みんな同じ。昔の子どもは車が通ったら車種を言えましたが、今はどれだか判別できない。ビジネスホテルにしても、朝起きるとここはどこ?みたいな。でもペンションって、夢の産物だから全部違う。純喫茶だってそうでしょう?
難波:そうなんです!100軒あったら100軒が全部違って、マスターのイメージしたアイデアや想像力がふんだんに詰まっている。お金がかかっているぶん椅子や内装も品が良いので、いまだに使えているんですよね。
都築:若い子が「昭和が好き」とか「かわいい」とか言っているのを、おっさんおばさんたちは危機感を持って受け止めた方がいい。テレビCMだって昔は夢があったけれど今、面白いものって全然ないじゃないですか。『ブレーン』でも、それってどうなの?っていう特集をしてほしいくらい。
善本:この間、外からの目線で町の魅力を撮ってほしいと言われて、北海道の雄武町というところに行ったんです。流氷や自然を見せられたのですが、僕がいいなと感じたのは一軒のスナックビル。これを売りにしたらいっぱい人が来ますよ、って。
都築:それは地元の人には、なかなか理解されないでしょうね(笑)。
善本:北海道って雪の重みで建物が傷みやすいので、古い建物があまり残っていないんです。でも、そのビルは周りが更地の中、唯一残っていて、風雪に耐えた貫録というか風格があって。隣町にも最果ての青線ではと思われる建物があって、取り壊し予定だったのですが、暖かくなったら撮らせてほしいとお願いしました。
難波:これから、また昭和のような個性の時代は来るんでしょうか?
都築:そういう時代は来ないけれど、2つに分かれていくと思いますよ。巨大なマーケットを狙うものはどんどん画一的になっていきますが、1人2人で小さくつくっていくものはどんどん面白くなっていく。たとえば今、大規模書店は次々つぶれているけれど、小さな本屋さんは増えていて、デザインも選書もバラバラで本当に面白い。
善本:新しい個性的なお店は増えているし、インターネットやSNSで発信できるので、遠くからわざわざ人が来てくれる。
難波:喫茶店も同じで、昭和につくられた内装を模したお店や、常連さんがお店を引き継ぐケースも徐々に増えています。
善本:そういう意味では、僕はなるようになるな、と思っているんです。新宿の街も戦後の焼け野原からバラックができて、それが残っているから面白かったんだけれど、行政からしてみればとんでもないわけで。景観って...