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特別企画

東京2020大会「エンブレムを球体にする」挑戦とレガシー

野老朝雄、井口皓太、平本知樹

2021年、1年延期で開催された東京2020大会。今回は、大会エンブレムの作者であり表彰台の制作なども手がけた野老朝雄さん(中央)、映像デザイナーとして「動くスポーツピクトグラム」を制作しオリンピックの開会式チームにも参画した井口皓太さん(左)、3Dプリンティングなどの技術で表彰台プロジェクトを実現させた平本知樹さん(右)が登場。3人が関わったオリンピック開会式のドローンショーの制作過程を振り返りながら、クリエイティブの側面から今大会が残したレガシーについて考える。

大会エンブレムが夜空に浮かぶまで

野老:この3人で改めて取材の場で話すのって実は初めてですよね。今考えると2020年のはじめごろから、特に今年(2021年)の5月以降は怒涛の日々でした。

井口:僕はピクトグラムを動かしたいというお話をいただいて、約1年かけて完成させた直後(2020年2月)にコロナ禍がやってきたタイミングでしたね。

平本:大会延期が決まる前ですね。私は私で、野老さんを含む多くの方々とチームを組んでエンブレムを発展させた表彰台のプロジェクトを推進していて、とにかく時間とコストとの戦いだったと記憶しています。

井口:のちに僕のところにも「開会式にピクトグラムを使いたい」という相談がきて、開会式チームにジョインすることになったんです。ピクトグラム制作は基本的にデザインを主戦場とする人たちとコミュニケーションを取るわけですが、開会式ではエンターテインメント分野の方々とも連携することになる。それでデザインとエンタメの双方をつなぐ役割として僕のところに話が来るようになったんです。

野老:開会式にはいろいろなコンテンツがありましたけど、未だあまり世に語られていないのが、あのドローンショーです。ドローンショー自体のプログラミングはインテルが担っていて、2018年の平昌冬季五輪では1200台超のドローンを使ったライトショーを披露した実績がありましたね。

平本:そこで今回も、約2000台のドローンを使えると。でもどう動かすかが課題で、白羽の矢が立ったのが井口さんだった。

井口:相談をいただいたのは2021年の春ごろです。これまで東京2020に関わってきた人たちがつくってきたものを整理しつつも、ドローンを使ってどんな演出にすべきかはイメージでしかありませんでした。地球を描くことができるという前提はあったのですが、ただそれをドローンで飛ばして見せるだけでは意味がない。ショーとしていかに成立させるかを第一に考えた時、今回のオリンピックの象徴であり、ダイバーシティを描いている大会エンブレムを組み込まないと意味がないと思ったんです。

野老:形の異なる3種類の四角形を組み合わせ、国や文化・思想などの違いを示す。違いはあっても、それらを超えてつながり合うデザインに「多様性と調和」のメッセージを込め、オリンピック・パラリンピックが多様性を認め合う場所にする。それが、私がエンブレムに込めた思いでした。

井口:そんな野老さんの思いも理解していたので、地球を浮かべる前にまずはそのエンブレムを夜空に浮かべるのはどうかと提案したんです。ただ、その当時僕は野老さんと面識がなくて、コンタクトを取って「ドローンでこういうことをしたい」と伝えないといけないと思った。まずは会って話しましょう、ということになりました。

平本:野老さんと井口さんが初めて会ったったのが2021年5月1日。おまけに2週間後、フィンランドで事前撮影があるのでドローンショーを一度完成させないといけなくて。とにかく時間がありませんでした。

井口:役割としては、野老さんがエンブレムの生みの親、僕が3Dモーショングラフィックス、そして平本さんがその間を繋ぎ翻訳し、3D的な観点からどうデザインするか。そんな3人のチームが結成されました。

野老:ただ、当初は「エンブレムを地球にする」と言われても、正直なところ「このタイミングで?」という思いがあり、同時に喜びや驚き、焦りもありました。

平本:平面のエンブレムを、立体的な地球としてどう描くか。それは一筋縄ではいかないことでした。たとえば、ユニバーサル横メルカトル図法といういわゆる平面的な世界地図では、上下(北極・南極)が伸びてしまうようにさまざまな課題があります。平面と球体の関係を考えることは古くからある学問ですから、専門家に相談するところから始めました。オーサグラフ(地球の面積を保ちつつ展開した地図)を開発した鳴川肇先生、アルゴリズミックデザインを専門とする松川昌平先生らに連絡して、そのままZoomで相談に乗ってもらいました。

東京2020オリンピックエンブレム。

2021年7月23日、東京2020オリンピック開会式。1824台のドローンを使って、エンブレムを描いた。写真:AFP/アフロ

平面のエンブレムが120面の球体に。写真:新華社/アフロ

最後には地球の形に。写真:新華社/アフロ

グラフィック主体からプログラミングとの融合へ

井口:僕は幾何学を研究してきたわけではないので直感的なアイデアだったのですが、エンブレムを立体にする上で一番のポイントは、エンブレムを構成する四角形の枚数だと思ったんです。

野老:あの時の閃きは本当にすごかった。

井口:このドーナツ状のエンブレムは、45枚の四角形でできていて、真ん中の空白を埋めるとおおよそ60枚。この60枚を2枚重ねにして膨らませたら120面体の球体ができるのではと。野老さんのエンブレムを幾何学的球体にできれば、地球にうまくトランスフォームできると考えたんですね。

平本:結果的にその120面体をベースにした120 Chequered Sphere(120面で構成される市松状球体。以下、120面体とする)のアイデアをベースにエンブレムが幾何学的球体になるのですが、そもそも120面体というものは世の中に存在しませんでした。

120面体の球体ができるまで
菱形30面体という既に存在する幾何学から、120面体を生成するプロセス図。

野老:専門家の皆さんも「この短い時間の中で未だ記述されていない幾何学を生み出すことはリスクが大きいのでは」と言いつつも、幾何学のつくり方をレクチャーしながら一緒にこのプロジェクトをドライブさせてくれましたね。僕はアナログな人間ですから、どうやって平面を立体にしていくかという先生たちの話を聞いているとワクワクして泣きそうになってしまいました。

井口:結果的に1週間ほどでデモムービーを制作して「これならできる」と。

平本:すごいテンポで、人生で一番アドレナリンが出続けた1週間でした。そこから、120個の四角形がどの順番で、どこに動けばいいかというディテールを井口さんと詰める時間をとれましたしね。ドローンはそれぞれがぶつかってはいけないから、うまく計算して、インテルのプログラマーが再現できるようコツコツと詰めていって。

野老:約2カ月後、平本さんとリハーサルを新国立競技場の近くから見たときは興奮しましたね。空を見上げながら手が震えて、全くスマホで撮影できなかった(笑)。

井口:僕は開会式のリハーサルは生で見て、本番は皆さんと同じ目線で見たかったのでテレビで見ました。イメージはできていたけど「うおー!」と感動しました。

野老:紆余曲折はありつつも、結果的にエンブレムも地球も空に浮かぶわけですけど、これはエポックメイキングなことだったと思います。1960年代以降のオリンピックではグラフィックがメインでしたが、今回はプログラミングやドローンなどを活用し、表現として新しいものになった。中国ではもっと多くのドローンが飛んでいますが、表現としてこんな活用の仕方もあるんだと中国の人たちが興味を持ってくれたと聞き、ますますそう思いました。

僕は、身近にある素材でものづくりを始めることを本分とする人間ですが、クリエイションと建築のソフトウェア、そして4Dという時間軸を伴ったものがコラボレーションした流れは本当に気持ちの良いものでした。

井口:僕にとっても...

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