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「世界にここだけにしかない架空の街」をコンセプトにした「POPEYE Web」

「POPEYE Web」エディトリアルディレクター 宮本賢

「『POPEYE Web』が楽しい」という話を耳にした。そして編集長が32歳の宮本賢さんという方でチャーミングなキャラクターの持ち主だということも──マガジンハウスの中でも老舗ブランドといえる『POPEYE』を、そんな若い力が担っているのはいい話と、早速、インタビューをお願いした。

「POPEYE Web」トップページ。

フリーターからフリーライターへ、そしてマガジンハウス

「おはようございます」と現れた宮本さんは、すっきりした空気をまとっている。ファッション業界に時々ある、少しだけ上から目線や排他的な気配がみじんもない。真っ直ぐな思いが言葉を通して伝わってくる。その気安さにすっかり甘え、おしゃべりの枝葉が広がった。

どういう経緯でエディトリアルディレクターになったのか──宮本さんは、編集者になると決めていたわけではないという。大学は社会イノベーション学部だったが、やりたいことがはっきりしないままフリーターのような生活を送っていた。お父さんはテニスのコーチ、お母さんは臨床心理士と「自分のやりたいこと」をやっていて、「あまりうるさいことを言わず、言ってみれば放置されていたんです(笑)」。

フリーターのかたわら、好きなカフェに入り浸って「大人の人たちと遊んでいました」。そのつながりから『POPEYE』編集部と縁ができて、「ライターをやってみる?」と声をかけられたのだという。そう聞くと、何の苦もなく一流の雑誌編集部へというサクセスストーリーに映るがそうではない。「一所懸命書いた原稿は、めちゃめちゃ直されてばかりでした」。昼間は取材、夜は原稿書き、寝る間がないこともあったが楽しかったという。

フリーとして編集部とかかわって6年ほど。その間に提案を重ね、「二十歳のとき、何をしていたか?」という企画が通り、ヒットした時は嬉しかったという。宮本さんの話を聞いていると、読者へのヒットを狙って企画を練り上げるというより、自分が本当におもしろがれるものを、おもしろがって企画に落とし込んでいる。だから共感を呼び、人が集まってくる。「おもしろがれる」って大事と改めて思った。

その後、中途採用の試験を受けてマガジンハウスに入社。今度は編集という立場で雑誌づくりにかかわった。最初に配属されたのは『Casa BRUTUS』。そこで1年経験した後、『POPEYE』にもどることに。そこから今回の「POPEYE Web」の話につながっていく。

取材記事「サーフボーイのための教科書は、星月夜にある!」。

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