コロナ下で展覧会の中止・延期などが相次いだ一方、バンクシーに代表される現代アートのマーケットが盛り上がりを見せています。
2022年最初の青山デザイン会議に集まってくれたのは、2021年3月、秋田駅前に開館した秋田市文化創造館の立ち上げにも携わり、『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室)を上梓した「一般社団法人ノマドプロダクション」代表理事の橋本誠さん。そして、2019年1月にサービスをスタートし、コロナ下の1年でユーザーは約8倍に。1万3000点以上の中から好みの作品を探せる絵画サブスクサービス「Casie(カシエ)」代表の藤本翔さん。
ここ10年ほど、日本各地で盛んに行われている芸術祭や、さまざまなアートプロジェクト、NFTやアートシンキングといった新たなムーブメント……。不確実な時代に加速する“アートの民主化”を語りました。
新しいアートの流通エンジンをつくりたい
藤本:「Casie(カシエ)」という、月額定額制で一点ものの絵画が届いて、好きなタイミングで交換できる、アートのサブスクリプションサービスを運営しています。現在は約1200名のアーティストさんから1万3000点以上の作品を預かっていて、そのうち5500作品ぐらいが日本全国のお客さまのところに“お出かけ”しています。
橋本:僕は元々、展覧会の企画やキュレーションをしていたのですが、2014年に、フリーランスで活動するアートマネージャーやディレクターの組合的な団体として「一般社団法人ノマドプロダクション」を設立しました。最近では、秋田市文化創造館という施設の立ち上げをしたり、ここ10年ほど日本全国で行われているアートプロジェクトの現在を伝える『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』という本を出版したり。Casieさんは、コロナの影響はなかったんですか?
藤本:緊急事態宣言の初期はZoomやNetflixのような、デジタルのエンタメコンテンツが伸びましたが、様子が変わってきたのが3~4カ月目ぐらい。デジタルに疲れ始めた大人たちがアナログにシフトして、「変わり種のステイホームコンテンツ」としてCasieに注目してくれて、メディア露出が増えたんです。そこから、じわじわと景色が変わっていきました。
橋本:その話って、わかりやすいコロナ下での動きに聞こえますが、実はすごく本質的。僕が関わることの多い芸術祭やアートプロジェクトも、そこに行ってリアルなものに触れてなんぼの世界なので、今はやるべきではないと、ぐっと耐えている人が多かったんです。一方で、オンラインコンテンツの可能性が開けました。
僕らが有志で立ち上げた「現代美術オンラインイベントJP」にもさまざまな情報が集まっていますが、作品やイベントそのものに置き換わるところまではいきにくい。ユーザー視点で見ても、やっぱりオンラインでは、リアルなものに触れる揺らぎというか、何かが足りないということに、みんなが気付き始めたんでしょうね。
藤本:コロナ下では、ユーザーさんが増えたのはもちろん、展覧会が中止になって作品の行き場をなくしてしまったアーティストさんからのエントリーがすごく増えたんです。Casieは保管料もかからないし、所有権も著作権も作家に帰属する状態で作品をお預かりするスタイルなので。
橋本:延期された展覧会や芸術祭も数多くありましたが、やっぱり今つくったものは今見せたいですから。藤本さんは、そもそもなぜCasieを始めたんですか?
藤本:実は、僕の親父がまさに絵描きだったのですが、営業が下手で、なかなか絵が売れずに苦しい思いをしているのを見てきました。ちょうどCasieを創業した2017年が、親父が亡くなったのと同じ34歳。そのバトンを受け継ぐじゃないけれど、描く才能はあっても作品を流通させられないアーティストのために、新しいアートの流通エンジンをつくりたい。そんな想いからこの事業を始めたんです。
橋本:そうなんですね。僕はちょうど大学時代に横浜トリエンナーレが始まって、現代美術に出会いました。まさにCasieもそうですが、今は作家ひとりでも、あるいは小さなチームでも情報発信して集客できる時代。淡々と作品をつくっているだけじゃなくて、それを社会に広げていくことが、テクノロジーのおかげでコスパ良くできるようになりました。
藤本:最初のうちは、アーティストさんも作品が汚れるんじゃないか、壊されるんじゃないかと心配して、クオリティの高い作品を集めるのに苦労しました。ユーザーさんからも、絵画を送りつけてお金を取る新手の詐欺だと思われていたくらい(笑)。それが今では、「自分の作品を勝手に届けてくれるCasieをうまく使ってやろう」というふうに変わってきました。
橋本:そう、昔はアートというだけで怪しまれていましたよね(笑)。でも最近では、企業研修にアート思考を、なんて言われることも多いですから。
藤本:僕ら以外にも、ここ数年でアート系のベンチャー企業が一気に増えた実感もありますね。創業期は、どこに行っても「アートでマネタイズするなんて無理だ」と言われ続けていましたが、これからアートは伸びるので出資したいと考える人も増えているんでしょう。
MAKOTO HASHIMOTO’S WORKS
アートは、いったい誰のもの?
橋本:僕がアートの裾野が広がったと感じたのは、2008年にリニューアルした『オズマガジン』の最初の特集が「アートな旅へ」だったこと。それから、雑誌を読んでいそうな人たちが各地の美術館や芸術祭に来るのを目にするようになって。
藤本:わかります。Casieもアートの専門誌に掲載されることはほぼなくて、『anan』などの女性誌が中心。ファッションやインテリアの文脈で、ライフスタイルとして紹介されることが多いんです。
橋本:今は、ビジネスだったり、市民活動だったり、それぞれの分野で表現活動がしやすい時代になりました。もちろん行政が多様な文脈でアートにお金を使うようになったというのもありますが、アートを求める人自体も同時に増えている。
藤本:確かに最近では、日本全国どこに行っても、芸術祭やアートプロジェクトをやっていますよね。
橋本:課題だらけの時代なので、それらを解決する方法のひとつとして、アートは引っかかりやすいのかなとも思います。だから『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』でも、「地域」ではなくて、あえて「災害復興」「社会包摂」「地域経済」といった話題をテーマにしたんです。さらに最近では、プレイヤーも、もはやアーティストだけではなくなっている気がして。課題解決型のデザインプロジェクトに意識的に取り組んでいるアーティストもいるし、逆に普段まちづくりやデザインをやっている方が、芸術祭やアートの現場で驚くような表現をしていることもあります。
藤本:Casieも、2019年にサービスがリリースされた頃は、まさに前澤友作さんに触発されたようなビジネスゾーンのユーザーが多かったんです。当時は“作品を選べないサブスク”だったので、「バスキアっぽい絵を送ってほしい」という要望が多くて(笑)。それが今は、家のインテリアの主導権を握っている30~40代の女性が65%くらい。最近では、「アートオークションに参加しました」なんて話も、よく聞くようになりました。
橋本:ユーザーが変わってきたんですか?
藤本:はい。絵画のサブスクって、過去にいくつも似たサービスがありましたが、グロースするのがすごく難しいんです。そこで僕らは、あるタイミングで「ユーザーにアートのある暮らしという体験価値を届ける」方向に...