空間になじむ新しすぎない新しさ
深澤直人さんがデザインした「壁掛式CDプレーヤー」の存在を知ったのは、三菱鉛筆のインハウスデザイナーとして働き始めて9年ほど経った2000年ごろのこと。
Miles Davis「TUTU」(提供:ワーナーミュージック・ジャパン)
「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020年
Photo:Kenji Morita
石岡瑛子さんが手がけたパルコの広告を初めて見たのは、高校生か美大生の頃だったと思います。リアルタイムではなく、作品集や雑誌などで見たのが最初です。マイルス・デイヴィスのアルバムのデザインをはじめ、石岡さんは伝説的な作品を数多く手がけています。世界的に有名な作品を次々と生み出していた石岡さんは、特別な人で、いい意味で我が強いディレクターなんだろうとイメージしていました。そんなフィルターを通してどの作品も見ていたので、自分とは関係ない遠い存在で「石岡瑛子だからできること」だと思っていました。
でも、それは思い込みだったと気付きました。2020年にギンザ・グラフィック・ギャラリーと東京都現代美術館で開催された展示を見たり、河尻亨一さんが書かれた石岡さんの評伝『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』(朝日新聞出版)を読んだりして、多面的に石岡さんの仕事を体感したことがきっかけです。
既成概念にとらわれず、インパクトの強い独自の表現を生み出すための苦悩や、現場での緊張感など、制作のプロセスを知り、初めて同業者として意識しました。これまでの思い込みをなくし、新しいフィルターを通して石岡さんの作品を見ると、ビジュアルの細部から表現したかった意思のようなものが伝わってきた。きっと何百分の1くらいしか想像できていないと思いますが、ようやく手触り感を得られたのです。
実物の作品の中には、デジタルだと思っていたものが色鉛筆で描かれていたものもあり、デジタル表現への憧れも感じられました。アナログな時代にデジタルを超えるような表現をしていた石岡さんが、今の技術を駆使するならば、どんな表現をするのだろう。そんな想像もできるようになりました。
そのとき、かつて博報堂で佐野研二郎さんのアシスタントをしていたときのことを思い出しました。佐野さんのデザインは、記号的で明快な表現が魅力のひとつです。あえて手垢が見えないようにデザインしていたので、完成したポスターを見た人から「簡単にデザインしたね」と言われることがありました。しかし、佐野さんはさまざまな難局を乗り越え、粘りに粘り、寝る間も惜しんでつくり上げていたので、もどかしかった。だけど、僕も同じだったのです。石岡さんを特別な人だと思い込み、思考停止になっていたのですから。
本質を捉えることの大切さは、漫画家の鳥山明さんの作品からも学んだことです。僕は『ドラゴンボール』世代で、子どもの頃から鳥山さんの漫画が大好きなんです。幼い頃は漫画の絵を模写して遊んでいたのですが、特に好きだったのは単行本の表紙の絵。その中でも、キャラクターと一緒に描かれるクルマやバイクなどマシンの絵が大好きでした。マシンはどれも個性的に描かれていて、どこかしらユーモアがあるんです。ただ、自分なりにまねしてみようと思っても、どうしてもうまく描けなかった。当時はその理由がわかりませんでした。
デザイナーとして働く今、自分なりに分析すると、きっと鳥山さんはクルマやバイクなどの乗り物が好きで、その楽しさを表現していたのだと思います。マシンの魅力の本質を捉え、グッとくるポイントを鳥山さん独自の感覚でデフォルメしていたのだと推測します。だから、まねできないんです。
こうした経験から、デザイナーとして仕事をする以上、表層的に物事を判断せず、五感を通して自ら体験することを最も大切にしています。思い込みをなくし、本質を捉える。その努力は怠ってはいけないと思っています。
アートディレクター
小杉幸一(こすぎ・こういち)
1980年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、博報堂を経て、2019年 onehappyを設立。企業や商品のブランディングを中心に、CIやVI、広告、プロダクト、エディトリアル、パッケージ、Webなどのデザインを手がけている。
ログイン/無料会員登録をする