クリエイターのオフィスを訪ねると、よく見かける、大きな本棚。忙しい仕事の合間に、クリエイターたちはどんな本を読んで、どのように仕事に活かしているのか。今回は、フリーマガジン『フリースタイルな僧侶たち』3代目の編集長の稲田ズイキさんです。仕事や人生に影響を受けた本について聞きました。

『高丘親王航海記』
澁澤龍彥(著)
(文春文庫)
先日、「紙を43回折ると月に届く」という話を耳にして興奮した。それは物理学的にどうこうという類いの興奮ではなく、思っている以上に日常は不思議であふれているという類いの興奮である。僕はひとつだと思い込んでいた現実が、多様な現実に分裂するような瞬間が好きだ。僧侶の自分にとっては、仏教という世界観はそんなリアリティを溶かすひとつの道具なのだろう。
それらの感覚が「エキゾチック」と表現される現象に近いことに最近気付いた。ここではないどこかへ思い焦がれることで、現実から避難する心のあり方。仏教でいう「浄土」との関係性も、そう表現できるのかもしれない。そうした異界との接続は、SNSで複数のアカウントを持ち、VR空間で身体を持つようになった現代人からすると、デジタル・エキゾチックとでも言えそうな距離感にもある。
『高丘親王航海記』は、エキゾチックを探究し続けていた澁澤の最高傑作とも評される遺作だ。主人公は幻の大地・天竺を冒険する中で、夢と現実の境界が曖昧になっていく。果たして、僕の天竺はどこにあるのだろうか。意味も目的も、生も死もわからないままトリップしていく物語に、自分自身の妄想を重ねれば、なおいっそう楽しい。