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青山デザイン会議

宇宙のテクノロジーとデザインの融合

清水陽子、袴田武史、山下コウセイ

民間によるロケットの打ち上げや人工衛星のデータ活用、宇宙旅行まで。ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクといった事業家も参入し、2040年には全世界で100兆円市場に拡大するともいわれる宇宙ビジネスが注目されています。

集まってくれたのは、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボで研究員を務め、アーティストとしても科学と芸術を融合させた作品やプロジェクトを手がける清水陽子さん。2010年より民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加した日本チーム「HAKUTO」を率い、月面輸送をはじめとする宇宙ビジネスを進めるispace Founder&CEOの袴田武史さん。民間の宇宙開発団体「リーマンサット・プロジェクト」のクリエイティブディレクターをはじめ、宇宙領域を専門とするデザイナーとして活躍する山下コウセイさん。

デザインやアートが宇宙のテクノロジーと結びつくことで生まれる、“未踏領域のクリエイティブ”を語ります。

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参入が相次ぐ、現代宇宙ビジネス事情

山下:本職はプロダクトデザイナーで、これまでいくつかの会社で製品や新規事業の開発に携わってきました。6年ほど前から「リーマンサット・プロジェクト」という民間有志による宇宙開発の団体に所属して、「宇宙デザイナー」という肩書で活動しています。また、まさに先月から、デジタルブラストというベンチャーにジョインして、本格的に宇宙開発ビジネスに取り組み始めたところです。

袴田:大学のときに航空宇宙工学を学んで、10年ほど前に、何もないところからispaceという会社を立ち上げ、2013年には「HAKUTO」というチームで、民間による月面無人探査レース「Google Lunar XPRIZE」にエントリーしました。現在は、人間が宇宙に生活圏を築ける世界をつくることをミッションに、月着陸船を開発して、月への輸送ビジネスをスタートするべく準備を進めています。

清水:私は、オーストリアのリンツにあるアルスエレクトロニカ・フューチャーラボに所属して、研究員兼アーティストとして活動しています。ラボでは、AIやロボティクス、バイオテクノロジーなどあらゆる先端科学をクリエイティブな視点で研究し、未来の社会に向けたプロトタイピングや実装を行っています。最近では、アメリカの仲間と「Beyond Earth」という宇宙とバイオロジーとアートを組み合わせたチームも立ち上げました。

袴田:自分がispaceを始めた2010年には、日本に宇宙系のスタートアップはほとんど存在しませんでした。それが、ここ2~3年で50社近くに増えていますし、世界的にもイーロン・マスクやジェフ・ベゾスといった経営者が参入して、非常に大きな盛り上がりを見せています。かつては「宇宙船をつくりたい!」という技術者の純粋な想いに支えられていた宇宙産業が、事業として社会に永続的に価値を還元していく方向へと変化しました。

清水:私は、宇宙関連のプロジェクトではアメリカの企業とのコラボレーションが多いのですが、民間による宇宙飛行がブームにもなっているし、新しいビジネスもどんどんローンチされて、アーティストがそうしたプロジェクトに関わる機会も増えました。人間の生活圏が拡大していくのに合わせて、表現する場所も地球以外にまで広がっていると感じます。

山下:まさに袴田さんが手がけているような「ニュースペース」と呼ばれる新しい宇宙産業が盛り上がる一方で、そこから下がつながっていないという課題を感じていて。たとえば、清水さんがやられているアートの分野もそうだと思いますが、それぞれが分断してしまっている。リーマンサット・プロジェクトに取り組む中で、デザイナーという存在が、その媒介になれるのではないかと考えるようになったんです。

袴田:今は国の政策として宇宙産業を成長させていく段階で、まだまだ一般の人たちまで届いていない。

山下:そうですね。ちなみに、リーマンサットの人工衛星のミッションって、「子どもの健康を願って歯を打ち上げる」とか「宇宙空間で恨みつらみを叫ぶ」とか、荒唐無稽なことばかり(笑)。その中で形になったのが、かっこいい人工衛星が宇宙空間でアームを伸ばして地球と一緒に写真を撮る「自撮り人工衛星」でした。

清水:面白いプロジェクトですね。

山下:一見無意味に思える議論からも「民生品を使えばできるよね」とか「子どもとコラボできるよね」といったアイデアが生まれて、人が集まりプロジェクトが転がっていく。自分も元々は「かっこいい宇宙船をつくりたい」という想いからスタートしたのですが、そうしたアイデアを“つないでいく”というのが今、なんとなく自分がつかんでいるデザイナーの役割かな、と。

    YOKO SHIMIZU'S WORKS

    Photosynthegraph
    地球の歴史を変えた化学反応「光合成」の原理を活かし、植物にグラフィック印刷を行う。©Yoko Shimizu

    Biodiversity in Space
    宇宙へと広がる生物や人類の未来を表現。画像はDNAデータへ変換され宇宙へと飛び立つ。©Yoko Shimizu

    Gravitropism
    地球、重力、生物の関係性を探求する作品シリーズ。ギャラリーで空中栽培されたチューリップが180度回転しながら成長する。©Yoko Shimizu

    Biology, AI, and Space
    「自然から学び、宇宙と共同制作する」をコンセプトに数千もの生物のフォルムをリサーチし、AIによりスペースアートのデザインを創出。アートワークは2021年、実際に宇宙を飛行する。©Beyond Earth

    To Space, From Earth-Space Art DNA Capsule
    アート作品をデジタルなバイナリコードに変換し、さらにDNA配列に変換。合成されたDNAは、宇宙飛行のための極小の金属カプセルに格納され、宇宙へと飛び立つ。(左から)作家:Beyond Earth(Yoko Shimizu, Richelle Gribble, Elena Soterakis)©Beyond Earth|©Twist Bioscience/Beyond Earth|©Beyond Earth

アート思考とデザイン思考を切り替える

袴田:この3人の中では、自分が一番遠いところにいると思いますが、事業家的な視点から見ても、デザインはとても重要な要素だと考えています。

清水:最先端の科学を扱うプロジェクトでは特に、実装していくにあたってデザインの工程が必要になりますよね。最初のフェーズで重要なのはコンセプトやアイデアを発想するアート的な思考、そしてスケッチやプロトタイプに落とし込む段階ではデザイン的な思考。その両方が揃って初めて、プロジェクトが円滑に進んでいく。

袴田:「デザイン」というと、表層的な形をつくることをイメージしますが、本質は機能の最適化をすること。我々の場合なら、まず「地球と月がひとつのエコシステムになる新しい社会を築く」という大きなビジョンがあって、それを目指して、テクノロジーなどを組み合わせて社会自体をデザインしていく、という流れです。

山下:そうそう、見栄えの話だけではないですよね。

袴田:一方で、多くの人に認知してもらいたいプロジェクトの場合は、視覚的に訴えることも大切。月着陸船がハリボテの機体ではつまらないし、未来のイメージが浮かぶような魅力的なデザインであってほしい。

山下:演出上のデザインが最後に効いてくるのも事実ですよね。ただ個人的には、「形態は機能に従う」という言葉の通り、フォルムは機能を踏まえてつくるのが大前提。興味がない人たちにも、一目見ただけで「こういうことなのか!」と伝わる。それが宇宙開発における「かっこいい」の定義なのかなと考えています。

清水:私が取り組んでいるのは、かなり実験的な、未来の表現を開拓するようなアートプロジェクト。そもそもアーティストは、今流行しているVRとかARといったテクノロジーを、それこそ何に役立つかわからない段階から表現の手法として使ってきました。最先端のアートの動向を観測していると、何十年後の社会がどういう方向に向かうのかが見えてくるように思います。

袴田:アイデアやインスピレーションを形にしていくときって、自由な発想が必要じゃないですか。でも宇宙は今まで、それがなかなかできない環境でした。国のお金で事業をしているので説明責任も問われるし、やれることも限られる。民間ベースのプロジェクトが増えて、ようやくその幅が広がってきたのかなと思いますね。

清水:アートとはただの装飾ではなくて、クリエイティブな発想によって既存の概念を打ち破るようなビジョンを提唱していくこと。単にアートを乗せた宇宙船が飛びましたというのではなくて、宇宙ならではの環境や現象を活かす。また、その作品が今後の研究や進化につながるかどうかをいつも考えています。

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