IDEA AND CREATIVITY
クリエイティブの専門メディア

創刊60周年記念企画 青山デザイン会議2021

国分太一(株式会社TOKIO)がクリエイティブディレクターになるまで

国分太一(株式会社TOKIO)、箭内道彦(風とロック)

4月1日、「株式会社TOKIO」が設立された。同日、日経新聞には企業広告が掲載され、公式サイトには会社設立に関する動画「一本の木から」を公開。いずれもTOKIOの3人が自らの手で1本の木を切り倒しつくり上げた、木製の名刺がモチーフとなっている。一連の広告は国分太一さんがクリエイティブディレクター(CD)を務め、箭内道彦さんがスーパーバイザーとして参画。全ての制作物で「汗をかいて、手を働かせて、思いを重ねる」という、TOKIOが大事にしてきた“ものづくり”と向き合う姿勢が貫かれている。そんな2人が語る、CD進化論とは。

国分太一、初めて企画書を書く

箭内:昨年、太一くんから「株式会社TOKIOをつくります」というアイデアを聞いた時に、“会社”という形に行き着くのが面白いと思いました。

国分:TOKIOが3人になるという時に、もっと自分たちで変化を楽しまなきゃいけない時期に来たのかなと思ったんですよね。会社という形なら、あらゆる人たちとタッグを組むことで、僕たちが今まで見ることのできなかった景色を見られる。そう思ったんです。そこでまず「株式会社TOKIO」を立ち上げるために、生まれて初めて企画書を書きました。メンバーに見せてから、仕事のパートナーであり友人でもある箭内さんに見ていただいたんです。

箭内:こういうのって、太一くんにたまたまビジネスの才能があったというより、普段から世の中と向かい合ってきたからこそ生み出せた発想だと思うよね。

国分:「僕らから新しいプロジェクトを立ち上げてもいいんじゃない?」という松岡(昌宏)の意見があって、確かにそうだなと思ったんです。当初は“会社にする”ということ自体をエンタメにすれば盛り上がるかなと思ったんですけど、会社って目的があって立ち上げるものだと気付かされて(笑)。

そこで何か柱となるものが必要ということで「皆さんもTOKIOになりませんか?“Do it ourselves”みんなで一緒に何かをつくろう」というコンセプトを考えました。TOKIOが長く取り組んできた“ものづくり”を軸に、全国の職人やクリエイターとタッグを組めたら面白いんじゃないかなと。でも箭内さんから「クリエイターは絶対入れちゃだめだよ。全部自分でやらないと!」というアドバイスが返ってきて。

箭内:僕は太一くんが、全部やった方がいいと思ったんです。だって見るからに企画慣れしていない人が書いた企画書だけれど、一枚一枚からものすごく熱が伝わってきて泣けてくるんですよ。だから誰かとタッグを組むのではなく、3人が前に立たないと面白くないと思ったんです。

国分:企画書をつくるためにKeynoteを初めて開いたんですけど、使い方が全然わからなくて(笑)。会社のアイデアはすでにメモ帳にまとめていたのですが、企画書に落とし込むまでに相当時間がかかりました。でも、企画書をつくってよかったなと思うのが、仕事をしていく上で「どうしたらいいんだろう?」と迷ったときに見返すと、原点に戻れるんですよね。

箭内:太一くんは、「ロゴはこんなふうにしたい。コピーはこんなことを考えたんです」って構想を話しつつも「プロに頼んで、別なものになってもいい」って言うんです。でも、僕は国分太一が考えたものをそのまま世に出すことに意味があるはずだと思いました。こうして、太一くんはクリエイティブディレクターとしての一歩を踏み出したんです。その日から僕は、裏方に回った国分太一のさらに裏方になろうと決めました。それはもちろん友情でもあるし、彼らのことが好きだからです。

東日本大震災以降、僕の地元・福島県をずっと支援し続けてくれている大恩人なので、彼らが困っているとか、何かを始めようとするのであれば手助けしたいんです。

国分:僕らにとっては、プロのクリエイターさんに頼むのが今まで見てきた景色だったんですよね。箭内さんが背中を押してくれたことで、「自分たちでやっていいんだ!3人の熱量を形にしていけばいいんだ!」と気付くことができました。

箭内:ロゴや企画書をつくることは、TOKIOが取り組んできた米づくりと一緒。だから「自分たちの範疇じゃない」と思う必要はないんです。

国分さんが自らKeynoteで書き上げた企画書。

「株式会社TOKIO」ロゴの制作過程。

木を切る3人にTOKIOの美しさを見た

箭内:4月1日の日本経済新聞に掲載した株式会社TOKIOの全面広告は、すごく反響があったのでは。「汗をかいて 手を働かせて 思いを重ねて」というステートメントを表すコピーを1行ずつ、3人が彫刻刀で彫っていて。実際に汗をかいて、手を働かせて生み出したものなんですよね。

国分:「汗をかく手を働かせる」という言葉の意味を“彫る”というプロセスでも表現できたかなと思っています。彫刻刀を握ったのは小学生以来でしたね。木でつくった名刺も本当はもっと薄くするはずでしたが、あまり薄いと乾燥して割れてしまう可能性があって、結果的にすごい厚さに(笑)。こういうのも僕ららしいかなって。

箭内:うん。手づくりの名刺もインパクトがあるから、ずいぶん話題になりましたね。

国分:名刺入れには入らないですけどね!

箭内:(爆笑)。その前にまず、名刺に使う木を切り倒すのにものすごく時間がかかったんですよね。現地で見守っていた僕らが待ちあぐねる中、3人が励まし合っていたのがTOKIOの美しさだと思いました。

国分:松岡がそのときにいいことを言ったんですよ。「会社ってたぶんこのぐらい大変な思いをしながら進んでいくんだろうな」って。最初からうまくいくわけがないよなって、改めて気が引き締まりました。TOKIOの歴史を振り返ってみても同じで、僕らはなかなか想定通りに進まなかったグループなんです。1994年のデビューから何年もオリコン1位を取れなくて。スタッフの皆さんと汗をかいて知恵を出し合って、やっと2001年に1位を取れたときは皆で本当に喜びました。そういう苦労の中で、常に“手を働かせる”ことが僕らの原点。これしかできないのが僕らだと思いました。

箭内:その思いが「汗をかいて 手を働かせて 思いを重ねて」という株式会社TOKIOのステートメントになっていて、太一くん自身がコピーを書いています。「手作りの心をこれからも大切にしたい」「この国にはあたたかな手仕事がある」といった新聞広告のボディコピーもそう。生の強さがあります。ロゴマークは太一くんが描いたものを、東京藝術大学箭内研究室出身の若手デザイナーがトレースをして、ブラッシュアップしながら形にしていきました。

国分:フォントに関しては、本当に申し訳ないと思いながらもたくさん要望を伝えました。最初はデザイナーさんが忠実に再現してくれたんですが、リーダー(城島茂)と松岡のイメージには合わないなと。でも「もうちょっと無骨だけどかわいらしさもあるデザインに……」みたいな、ざっくりした言い方しかできなくて。これじゃいけないと思って、フォントの本を買って勉強しました。

箭内:Webサイトの...

あと60%

この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

創刊60周年記念企画 青山デザイン会議2021の記事一覧

創刊60周年記念企画 青山デザイン会議2021の記事一覧をみる

おすすめの連載

特集・連載一覧をみる
ブレーンTopへ戻る