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創刊60周年記念企画 青山デザイン会議2021

自分にしかできない仕事をつくっていく

清水彩香、佐藤可士和、高橋鴻介

国立新美術館「佐藤可士和展」を終えた佐藤可士和さん。その経歴を振り返ると、グラフィック、映像、空間、ブランディング、さらには企業の経営へとデザインの領域を拡大し続けてきた。今回、佐藤さんとの鼎談に参加いただいたのは、若手のアートディレクターのお2人、清水彩香さんと、高橋鴻介さん。3人に仕事の領域の広げ方、社会との向き合い方について、話していただいた。

“自分がやりたい”と思うことと仕事を一致させる

高橋:僕は、電通ではコミュニケーションデザイナーという肩書で働いていて、6年目です。広告の仕事もやりつつ、手を動かしてものをつくったり、実験したりするのが好きなので、最近は「発明家」とも名乗って、1日1個発明するというノートをずっと付けています。それは僕がSFC(慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス)在学中に可士和さんの「未踏領域のデザイン戦略」の授業(デザイナーがまだ意識して取り組んでいない領域に挑戦する取り組み)を受けたことが大きなきっかけになっていて、未踏領域を開拓して、今まで繋がっていなかったところを繋ぐ役割として仕事やデザインをできたらなと思っています。

清水:高橋さんが発明したゲーム「LINKAGE(リンケージ)」は動画で見て、とても興味があります。

高橋:それは指で遊ぶツイスターのような、協力型のゲームなんです。カードの指示に合わせて、棒でお互いの指同士をつないでいく。他のプレイヤーの指の動きや力を感じながら調整しつつバランスを取っていくので、簡単なように見えて難しいです。

佐藤:こういうのは何ゲームというのですか?

高橋:僕はコミュニケーションゲームと呼んでいます。このゲームをつくろうと思ったきっかけは盲ろうの友人ができたこと。初めてその友人と会って、どうやって会話をしたらいいんだろうと考えていたときに、一緒にいた手話通訳の友人が手話の手の形を手で読み取りながら会話する「触手話」という方法を教えてくれて。触覚を使ったゲームなら一緒に遊べるんじゃないかと、このゲームをつくりました。

佐藤:勝敗はない点も、面白いですね。

清水:わたしはパッケージやロゴのデザイン、ときには写真やムービーのディレクションまでしています。多摩美術大学のグラフィックデザイン学科を出た後、good design company、BLUECOLORを経て、今は独立して4年目です。グラフィックデザイン的な遊びの部分を楽しんでくれるクライアントにも恵まれ、視覚的な魅力づくりをする仕事が多いです。

佐藤:清水さんが在学中に多摩美で特別講義をしたことはありましたか?

清水:はい、わたしも講義を受けました!講義の中では、子どもの頃から見ていた広告や映像もあって、とても面白かったし、憧れを抱きました。

佐藤:2人とも教え子だったとは(笑)。清水さんのお仕事はBLUECOLORのブランディングが印象的でした。

清水:ありがとうございます。それは2社目に入った会社のリブランディングです。徐々に経験を積む中で自分が主導してデザインしたいという欲求が爆発していた頃で(笑)。社長に会社のビジュアルづくりを自主提案しました。ちょうど15周年ということもあり、ロゴやツール類の刷新まで担当させてもらうことになりました。

佐藤:今、高橋君と清水さんの話を聞いて、仕事を見せてもらって、パッと僕の目に留まったのは“自分でやりたいって思った仕事”。やっぱり自分のやりたいことと会社の仕事を一致させていく方がいいですよね。

領域を拡大すること自体がクリエイティブ

佐藤:僕は博報堂に11年間いて、2000年に起業しています。SAMURAIをつくって10年目ぐらいまでは世間にアートディレクターという存在や価値を定着させたいと思い、アートディレクションやアートディレクターという言葉をよく使っていました。2006年頃からは本格的に企業ブランディングのディレクションをトータルで担当することが多くなり、少し違和感を覚えるように。そこで、ここ10年くらいはクリエイティブディレクターと名乗っています。

高橋:アートディレクターからクリエイティブディレクターへの変化というのは、何が明確に変わったのですか?

佐藤:博報堂にいたときはほとんど広告キャンペーンの仕事だったけれど、SAMURAIをつくってからはブランディングを中心に活動してきました。今ではビジュアルを全く触らない、戦略だけのディレクションをしている仕事もあります。デザイナーが出発点だから、自分で手を動かしてデザインすることが仕事だと思っていたのですが、気付いたらそうでもなくなったという。

高橋:可士和さんの仕事は領域が本当に幅広いと感じます。ロゴも、日用品も、建築もあったりして。領域によらない、自分の中での欲求みたいなものがあるんでしょうか?

佐藤:自分の仕事はコミュニケーションデザインであると考えると、グラフィックも映像も建築もあらゆるものがメディアになります。次は空中がメディアになると思っている。それを実際にやってみたのが、日清食品関西工場のエントランスとFLAT HACHINOHEの広場です。それぞれ空中から見ると、カップヌードルの蓋と、ロゴになっています。

高橋:飛行機や航空写真で見ると絵に見えるって面白い。本当にいろいろなものがメディアになるんですね。

佐藤:僕は領域を拡大していくこと自体がクリエイティブだと思っています。それはアートから学んだことで、アートの歴史を見ると、考え方を刷新し、領域を拡張し続けています。キャンバスの中を描いていたけれど、その外側を意識し、表現領域にすることでインスタレーションという概念が生まれました。領域が拡大することで、新しい概念、そして新しいクリエイティブが生まれるのではないかと思います。

清水:佐藤可士和展でも展示されていたSMAPのキャンペーンは、デザイナーとしてはグラフィックの秀逸さに注目しがちです。でも、街中のポスターやOOH、自動販売機など、今までにないやり方で街をジャックして展開したというところこそ本質で、まさに領域拡大を視野に入れたものですよね。

佐藤:SMAPの仕事は独立して最初の仕事で、ずっとやりたいと思っていたことが実現できました。たとえばテレビCMをやめて、全ての予算でポケットティッシュを配ったら、日本中が埋まるぐらい配れるのではないかと。そういう発想から、街をジャックして日常の風景を変えようと思い、屋外メディアに注目したのです。

渋谷区、港区の地図を広げて、どの媒体を買うと街中ジャックされているように見えるか、メディア関係者の目に留まるとか、全部を計算してメディアを指定し、計画しました。今で言う「バズる」みたいなことを最初から考えていた企画。既存の枠組みにとらわれない広告キャンペーンのやり方そのものを刷新していくことに挑戦しました。

高橋:額縁の中で描いている限りはずっと絵画だけれど、その外に出してみたら違うジャンルになる。ジャンルのズラし方みたいなところが面白いですよね。

佐藤:だから何事においてもコンセプトが重要です。デザインもAIがどんどんやってしまうので、領域のフレームを外していくようなコンセプトメイキングがこれからのクリエイターには求められると思います。

高橋:デザインを少し勉強した人間としては、コンセプトが素晴らしいことと、同時にそのビジュアルが格好いい、かわいいというところも重要だと思っています。

佐藤:もちろん表現の完成度がすごく重要です。コンセプトが伝わるように表現できないと結果的に意図が伝わらないので、色・形といったディテールが大切になります。デザインが悪いと、見た瞬間に受け手に拒否されてしまうわけですから。

SMAPのキャンペーン(国立新美術館「佐藤可士和展」の展示より)。

「店舗そのものを公園にする」というコンセプトの「UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店」。

くら寿司のグローバル旗艦店「くら寿司 浅草ROX店」。

日清食品関西工場のエントランス。上空から見ると、カップヌードルの蓋になっている。

「佐藤可士和展」の様子。

長期的に熟成して、発酵させる仕事もある

高橋:最近SDGsなどの社会問題が注目されますが、可士和さんは、デザインする中で社会との距離をどのように考えていますか?

清水:わたしもパッケージの領域で、いかにデザイン的な喜びを残しながら環境に配慮したものにするかという課題に、今まさに直面しています。印刷会社さんや紙屋さんと...

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