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創刊60周年記念企画 青山デザイン会議2021

デザインするように経営し、経営するようにデザインする

永井一史、山井梨沙、中台澄之、石川俊祐

2018年、経済産業省と特許庁から報告書が発表された「デザイン経営」。

日本デザイン振興会の調査(2020年)によると「デザイン経営に積極的な企業ほど高い売上成長を実現し、顧客や従業員に愛着を持たれている」との結果が出ており(図1)、事業の変革や組織文化の形成にこそデザインの力が必要という認識が広がりつつある。

そこで、企業向けに多摩美術大学でデザイン経営をビジネスに実装するプログラム「TCL」を推進する永井一史さんと石川俊祐さんとともに、「クリエイティブな問題解決者になる」という考えのもとアパレル事業などを拡大してきたスノーピーク 代表取締役社長の山井梨沙さん、リサイクル企業で「捨て方のデザイン」に取り組んできたナカダイ 代表取締役の中台澄之さんが、「デザインと経営の未来」を語る。

図1/デザイン経営の取り組みと過去5年の平均売上高増加状況の関係性(n=393)

日本デザイン振興会「企業経営へのデザイン活用度調査」(共同研究機関:三菱総合研究所/監修:永井一史、廣田尚子/期間:2020年2月18日~3月26日/有効回答企業:519社)。

共通項が多い経営とデザインの仕事

永井:数年前から多摩美術大学の統合デザイン学科で教えているんですが、経済産業省・特許庁の「『デザイン経営』宣言」策定に関わったことから、社会人向けにデザイン経営を教える「多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム(TCL)」を始めました。石川さん含め、いろいろな先生をお誘いして。

石川:私はイギリスで工業デザインを学んで、その後日本のメーカーに就職したのですが、もっと創造性を活かせる環境をつくろうと組織のデザインを手がけるようになって。IDEOの日本法人立ち上げ、BCG Digital Venturesなどを経て、今はKESIKIという会社を仲間と立ち上げ、教育や事業開発、組織カルチャーのデザインまで、いろいろとやっています。

山井:私も元はアパレルブランドのデザイナーでした。人々の生活を豊かにしたいという思いから家業のスノーピークに入社して。チーフ・デザイン・オフィサーとして企画開発全般を見るようになって、2020年に3代目の社長に就任しました。

中台:僕は群馬県前橋市で廃棄物の中間処理業を営んでいます。当初は家業を継ぐつもりはなかったのですが、業界外も巻き込んだ循環ビジネスをつくりたいと思って、3年ほど前に社長を継ぎました。

永井:中台さんには以前、TCLに講師として来ていただきましたね。

中台:僕はデザインはまるでわからないんです。ただ、入社後は廃棄物処理業界をいかにわかりやすく、クリエイティブに伝えるかということに取り組んできて。外部のデザイナーさんの力をお借りする場面が増えていきました。社長になってからも取り組むことは変わらないなと思って、違和感なく経営に携わっています。

山井:私も実際に社長に就任してみたら、経営とデザインの仕事って一緒だなと思いました。2019年に、デザイン経営に取り組んでいる企業として経済産業省・特許庁から表彰されたのですが、そのときに初めてこれがデザイン経営だったんだと実感して。

石川:実はKESIKIでは、「WOOD YOU LIKE COMPANY」という40年続く無垢材の家具の会社を事業承継したんです。私と金融出身で経営のプロであるKESIKIの内倉潤が代表としてデザインと経営の核を担いつつ、ブランディング、新製品デザインから組織カルチャーのデザインまで、承継した会社のメンバーとKESIKIとワンチームで推し進めているところ。まさにデザイン経営の実践に挑戦しています。

永井さんと石川さんが教授を務める「多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム(TCL)」。2020年に始まり、これまで約90人が受講。企業規模や年代・役職も幅広い。

「デザイン経営」は何をデザインするか

永井:「デザイン経営」って解釈に幅がある概念ですよね。僕自身は“企業の社会的意義を定義し、組織文化を構築して、顧客価値を創造し続けること”だと思っています。つまり企業のブランディングとイノベーションの両方を循環させることだと理解していますが、石川さんはどうですか。

石川:私が大事だと思っているのは、ブランディングとイノベーションを包むものとして、組織のカルチャーをどうつくるかということですね。社内のあらゆるレイヤーで目前の仕事に意味があると思えることが大事で、それはつまり会社のパーパスが社員に行き渡っている状態ということ。仕組みで縛るのではなく、カルチャーとして成立している状態になれば、ビジネス系の人もデザイン系の人も価値創出に向かえるんじゃないかと思って、目下実践中です。

山井:私たちもまさに今、同じ課題を持っています。もともとは20~30人規模の会社が、父の代で300人ぐらいの規模に成長して、私が社長になった現在は700人ほど。それまではトップダウンで伝わっていたものがなかなか全社員に伝わらなくなって、2018年ぐらいから“いかに組織をデザインし直すか”に取り組むようになりました。

石川:300人と700人ではずいぶん違う。

山井:はい。それでスノーピークが取り組むべき仕事を「体験のデザイン」と再定義して。自分自身の体験もそうですし、エンドユーザーの体験価値もそう。これで社員みんながデザイナーになれたんですよね。今は個人の行動と創造性によって会社が成長するフェーズになっています。

永井:スノーピークのカルチャーやビジョンに対する共感性とか一体感は、新しく入った人たちにも根付いているんですか?

山井:あると思います。30年ぐらいずっと変わらない「The Snow Peak Way」という企業理念に賛同する方が入社しますから。あとは、年に1回、本社のキャンプフィールドで、海外スタッフも含めて全社員でキャンプをするんです。そこで会社の未来を皆で考えるということを続けていて。

永井:一番根っこのところで皆がつながっているのは大切なことだと思います。

中台:ナカダイも規模は違いますが、取り組みとしては通ずるところがあります。2008年くらいに総合リサイクル業から素材生産業にシフトチェンジして「廃棄物を効率的に、大量にリサイクルするのではなく、丁寧に選別・解体して廃棄物から新しい素材をつくり出すリマーケティングビジネスを目指す」という新たな方針を掲げたんです。そうしたら社員がキョトンとしちゃって(笑)。そこで半年に1回、3時間くらいかけて理念の共有や社員同士の勉強会をして、その後に皆で飲むという会を始めました。

山井:最初は皆そうなるんですよね。

中台:ただ、廃棄物処理業って、最初から望んで働きたい人は少ない。だから、自分たちの仕事がいかに世の中の役に立っているかを体感してカルチャーとして定着させるということは、意識的にやっていますね。

石川:多くの企業では山井さんのように「体験をデザインしましょう」と言っても、「それ何ですか?」となってしまうのが現状です。既存のビジネスを回しながら新しいものを生み出すのは、本当に大変。

中台:僕は事業の価値を体感してもらうために、全国から年間で2000人超の工場見学を迎え入れています。廃棄物処理場に観光バスが乗り付けるんです(笑)。ツアー客の皆さんが工場見学やリサイクル体験プログラムを楽しむ光景を見て、それまであまり新しい事業にポジティブではなかった社員も前向きになりました。言葉だけではなかなか伝わりません。だからデザインが必要なんでしょうね。

全社員でキャンプをしながら未来を語るスノーピークの社員総会(写真は2019年7月)。

「LOCAL WEAR IWATE」は岩手県一関市の京屋染物店との出会いによって誕生した。

山井さん自身の名前を冠し、天然素材にこだわるアパレルブランド「YAMAI」を2020年に立ち上げた。

“期待を上回るデザイン”を生むには

中台:一般的に廃棄物処理業にはあまりいいイメージがありませんから、僕は社内や他業界とのコミュニケーションツールとしてデザインを活用したいと思っているんです。でも、外部のデザイナーの方に説明しても、僕が話した以上のものはなかなか出てこなくて。そのすり合わせができると、ブランディングとイノベーションがうまくできるんじゃないかと思います。

山井:期待を上回らないデザインが上がってくるのは、おそらくデザインすることが目的になっているんです。ものづくりの先に、売り方や伝え方、エンドユーザーの体験があるのに、物理的なデザインの域から広がっていかないんですよね。だから、私はとにかく質問攻め(笑)。「誰がどこで使うの?」「工場で何個つくるの?」って。

石川:これは難しい課題で、日本って大手広告会社がパワフルだから、ブレインワークまでやってしまう土壌があるんです。それを否定するわけではないけれど、分業が進みすぎてデザイナーに考える余地がなくなっているのかもしれません。

中台:産業全体がそうなっていますよね。分業化が進んでいると実感します。

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