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青山デザイン会議

偏愛なるクリエイターたち

イソガイヒトヒサ、加藤優一・菅谷真央(銭湯ぐらし)、岸本拓也

ひとつの分野に特化して、高いクリエイティビティを発揮している“偏愛クリエイター”たちの話が聞いてみたい!

いつもとは少し違った趣きの青山デザイン会議に集まってくれたのは、国内クラフトビールメーカーのアートワークや、ブルワリーや飲食店のロゴをはじめ、ビールにまつわるデザインやイラストを数多く手がけるイソガイヒトヒサさん。東京・高円寺にある銭湯、小杉湯の横に2020年3月にオープンした会員制のシェアスペース「小杉湯となり」を運営するほか、銭湯を起点にしたさまざまなプロジェクトを行う「銭湯ぐらし」の加藤優一さんと菅谷真央さん。「考えた人すごいわ」をはじめ奇抜なネーミングの高級食パン専門店を中心に、国内外で約300店舗を手がけるベーカリープロデューサーの岸本拓也さん。

ビール、銭湯、そしてパン。異なるジャンルのように見えて、実は共通している部分も多い、偏愛から生まれるオンリーワンのクリエイションとは?

Text:rewrite_W Photo:Kazuaki Koyama(amana)
撮影協力:小杉湯(東京都杉並区高円寺北)

銭湯、ビール、パン、偏愛の軌跡

岸本:僕はベーカリープロデューサーといって、日本をはじめタイや中国、オーストラリアなど国内外で約300店のパン屋をプロデュースしています。職人ではなく、パン屋さん全体をデザインする仕事ですね。

加藤:我々は「銭湯ぐらし」という会社で、高円寺の銭湯、小杉湯の横にある「小杉湯となり」という会員制のスペースの運営をしています。銭湯ぐらしのメンバーは基本兼業で、僕は設計事務所で働きながら、銭湯ぐらしの代表を務めています。

菅谷:僕も同じく、デザイナー・アートディレクターとして複数の会社で働きながら、銭湯ぐらしの取締役をしています。

加藤:元々ここ(小杉湯となり)にはアパートが建っていて、僕たちもそこで暮らしていたんです。風呂なしだったので、銭湯ぐらしをせざるを得ない状況で(笑)。

岸本:「銭湯ぐらし」って、すごくいい響きですよね。小杉湯も風情があって、高円寺の街にすごく溶け込んでいて。

加藤:僕の地元の山形には各市町村に温泉があって、小さい頃からお風呂好きでした。上京して物悲しい気持ちを感じていたとき、小杉湯に通っていたら、オーナーに「隣のアパートが解体予定で空いているので、1年間活用してよ」と言われて。高円寺のクリエイターを集めて、みんなで住みながら銭湯ぐらしを始めたんです。

菅谷:僕は栃木県出身で、やっぱり温泉が多いところで育ちました。仕事をしていると、頭も身体も雑然としてまとまらないことってありますよね。そんなときお風呂に入ったら、リラックスしてアイデアが湧いてくるという体験があって、そこから小杉湯に通うようになりました。

加藤:そのアパートは建て替える予定だったのですが、もっと開かれた場所にしようとオーナーに提案をしたら実現して、小杉湯がこの建物を建てて、住んでいた我々が運営をしている、という流れです。

イソガイ:僕はビールにまつわるイラストやデザインを仕事にしています。小杉湯さんともつながりがあって、3代目の平松佑介さんと一緒にクラフトビールを選んだり、イラストの展示をさせてもらったり。

岸本:この(ビールに描かれている)たまらん坂って……。

イソガイ:これは、昨年オープンしたKUNITACHI BREWERYの「たまらん坂 Hazy IPA」というビール。中身は一緒ですが、坂の上から見たバージョンと下から見たバージョンのラベルがあるんです。

岸本:「多摩蘭坂」って、RCサクセションの曲にあるんですよ!昔からRCが大好きだったから、今見てびっくりして。どことなく懐かしいデザインもグッとくるし、セットで欲しくなるなあ。

イソガイ:僕はアパレル会社でデザイナーをしていたのですが、新橋にある「ホップデュベル」という店でベルギービールに出会って、こんなにいろんな味わいのビールがあるんだと衝撃を受けて。結婚式では、ビールの樽を背負ってみんなにサーブするくらいのビール好きになりました(笑)。

岸本:よく通ってますよ。お店はめちゃくちゃ狭いけれど焼き鳥もビールもうまい。

イソガイ:ほんとですか!そのうちアメリカからクラフトビール文化が入ってきて、どんどんハマって、あるとき奥さんに「ビールをつくる人になりたい」と言ったんです。でも僕が不器用なのを知っているので、「今から新しいことを始めるのはやめてほしい」と反対されてしまって……。

菅谷:この絵、不器用な人が描いたとは、とても思えないですけど(笑)。

イソガイ:それからも土日はビールの講座に行ったり、ビアジャーナリストアカデミーという学校に通ってみたり。悶々としていたのですが、絵を描く力とビールを組み合わせたら、もしかしたら優等生になれるんじゃないかって気づいて。それなら、飲みに行くことも仕事だって言えますし(笑)。

    HITOHISA ISOGAI'S WORKS

    Long Root
    Patagonia Provisionsが展開するビール「Long Root」のギフトボックスイラストレーション。

    『ビールのおかげ』
    ウクレレシンガーソングライター 宮武弘さんの楽曲『ビールのおかげ』の配信ジャケット、同名のビールのラベルイラストレーション。

    カンカンビアガーデン
    星野リゾート リゾナーレ熱海で開催される「カンカンビアガーデン」のメインビジュアル。同イベントは2021年も開催予定。

    東北デスティネーションキャンペーン
    JR東日本の東北デスティネーションキャンペーン。岩手のビール文化を盛り上げるための共通ロゴ。

    シトラバ
    クラフト麦酒酒場 シトラバ 中野店のレモンサワー専用のグラスとネオンデザイン。

    イラスト乾杯フェス
    中止のないビアフェス、似顔絵で参加する「イラスト乾杯フェス」の企画・運営・アートディレクション。Photo:Yusuke Oyamada

    JRD by JARLD
    アウトドアブランド JRD by JARLDのアパレルアートワーク。

    KUNITACHI BREWERY
    2020年にスタートしたKUNITACHI BREWERY(くにぶる)のロゴデザイン、ラベル、Webサイトなどアートワーク全般を担当。カンパイブルーイングとコラボしたビール「たまらん坂 Hazy IPA」のラベルは国立市に実在する坂がモチーフで、上からと下から2種類のラベルで発売。Photo:Mio Kobayashi

    ヤッホーブルーイング デジタル年賀状

ローカル愛とカルチャー愛の積み重ね

岸本:パン屋を始めた理由は、昔から人を喜ばせることが大好きだったから。居酒屋だったら子どもや高齢の方は来られないけれど、パン屋ならどんな人でも幸せにできる。食パンなんて特に、毎日の活力になりますし。もちろんパン自体も好きだけれど、パン屋という空間に魅力を感じて。

イソガイ:確かに、パンって幸せなイメージがありますよね。

加藤:ちなみに、岸本さんのお店は「考えた人すごいわ」を筆頭に、変わったネーミングばかりですが……。

岸本:お店をつくるときには必ず、その地域の魅力を掛け合わせるようにしています。たとえば、富山県にある人口2万人ほどの入善町は、チューリップと白馬の山がとてもきれいで、高齢者が多いところ。この地域の魅力を知ってもらうにはどうしたらいいのかなと考えて、店名は「不思議なじいさん」にしました。

全員:(笑)。

加藤:でも、やっていることはほとんどまちづくりに近いですよね。シビックプライドを醸成するというか。

岸本:町には“不思議なじいさん”の後継者がたくさんいて、その人たちと話をするのがすごく楽しかったんです。

加藤:小杉湯となりは、街のセカンドハウスをテーマにしているんです。小杉湯が浴室で、“となり”が書斎や食堂。最近では、近所の方が「うちを使っていいよ」と言ってくれて「街の自習室」もできました。これからさらに「寝室」とか「アトリエ」といった場所が増えていくと、高円寺自体が家みたいな感じで楽しめる。

菅谷:自分もこの街には学生時代から通っていたのですが、高円寺ってローカル感があるし、単なる住宅街じゃなくて、“街に住んでいる”みたいな感覚があって。

加藤:通っていたお店がなくなると、一気に自分の街じゃなくなってしまうことってありますよね。でも僕たちは、小杉湯が88年続いているように、その価値を広げていきたいし持続させていきたいんです。

岸本:やっぱりそういう歴史と、中央線文化という独自のカルチャーがあるのがいいんでしょうね。つくられた街じゃなくて、自然発生的な要素がすごく強い。

菅谷:文化の創造って、まさに今日のテーマの「偏愛」かなと思って。高円寺にしても、お酒とか音楽とか古着とか、いろんな偏愛がめちゃくちゃ積み重なっている。

岸本:うちのパン屋は変わった名前だから叩かれるけれど、いつも「文化はつくられるものだ」と言っているんです。最初に強烈なインパクトを残したら、あとはもう話題にならなくてもいい。極端な話...

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