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青山デザイン会議

複業から生まれるクリエイティブ

小山秀一郎、水野綾子、山崎聡一郎

副業解禁の流れとともに、より自由な働き方やスキルアップを目指し、いくつかの仕事を並行して行う〈複業=パラレルワーク〉が注目されています。集まったのは、複数の肩書きや仕事、個人活動を持ち、新しい働き方を実践する皆さん。博報堂でアートディレクターとして働く傍ら、ヒップホップユニット「中小企業」のトラックメイカーとしても活動する小山秀一郎さん。2017年に熱海に移住し、地域の企業と首都圏の人材を「複業」でつなぐWebサイト「CIRCULATION LIFE」、お寺から働き方や生き方を支える「TERA WORK」を立ち上げた水野綾子さん。

教育研究者として68万部のベストセラー『こども六法』(弘文堂)を手がけるほか、劇団四季の舞台をはじめミュージカル俳優として、さらに写真家としての顔も持つ山崎聡一郎さん。異なる分野でパラレルなキャリアを築く3人が、複業から生まれるアイデアやクリエイティブ、そして働き方のこれからについて語りました。

Text:rewrite_W

スキルや経験をフィードバックする

水野:元々、出版社やベンチャー企業で働いていたのですが、父親が体調を崩したことをきっかけに熱海に戻って、実家のお寺を継ごうと考えるようになりました。2017年にUターンして、熱海の地域企業と首都圏の人を複業でつなぐ「CIRCULATION LIFE」というプラットフォームを運営しています。

山崎:『こども六法』という本を出して、最近では教育研究者としての活動がメインになっていますが、大学を出て最初のキャリアはミュージカル俳優です。高校時代から趣味で歌を続けてきたのですが、大学卒業のタイミングで劇団四季の『ノートルダムの鐘』という舞台のオーディションを受けたところ、なんと合格してしまって。

水野:それはすごいですね!

山崎:ほかにも、大学時代からプロカメラマンとしても仕事をしていました。その後、大学院を卒業する2019年に「これはいよいよニートになってしまう!」と思って会社を立ち上げて、その年の夏に『こども六法』が出版され、運良くベストセラーになって現在に至ります。

小山:僕は美大を卒業後、制作会社で3年ほどグラフィック広告に携わって、Webのクリエイティブエージェンシーに転職をしました。その頃から、同級生のイラストレーター・中山信一くんと一緒に、中小企業というヒップホップユニットを始めたんです。現在は博報堂で、アートディレクターをしながら音楽活動を続けています。

水野:ここ数年、複業やパラレルワークが当たり前になりつつありますが、その流れをコロナが加速させたと思うんです。リモートワークもそうですし、自分がどう働きたいか、どう暮らしたいかを強制的に考えさせられたというか。ただ最近は、複業をすること自体が目的化してしまっているという懸念もあります。

山崎:僕が講演などで自分のキャリアについて話すときは、「複業が優れているわけじゃない。向いている方を選ぼう」という言い方をしていますね。僕はすごく飽きっぽい性格なので複業が向いているというだけで、どちらがいいのかは、その人次第。ひとつのことを極めるのも立派なことです。

小山:僕の場合は、複業というより“セカンドアクティビティ”という感じなのですが、そもそもこれは複業だとか、これは複業じゃないとか、分けない方がいいんじゃないかなと思うんです。たとえば、音楽じゃなくて釣りでも、それを本気で極めれば仕事になりうるわけで。

水野:これまでって、あくまで本業があったうえでの「副業」で、優先順位には大きな差がありました。それが今は、労働時間の違いはあっても、熱量とか想いには差がなくなってきていると感じます。

山崎:「副」の文字がサブからマルチの「複」に変わってきたのも、まさにそうですよね。

水野:私も2019年まで、会社員として毎日通勤しながら複業をしていて、実際すごくプラスが大きいなと感じていました。

山崎:僕は普段から「論文も書かないで音楽なんかやって」とか、反対に「舞台の公演期間中に本なんか書いて」と言われて、非常に肩身が狭いのですが、実はどちらにも良い影響を与える関係なんですよね。

小山:僕もたまに「どっちが本業なの?」と言われますが、音楽で食べているわけではないので……。じゃあ何で続けるのかといったら、それぞれのフィールドでしか味わえない体験があるから。それが本業にもフィードバックされるというか。

水野:私が「CIRCULATION LIFE」を始めたのも、本業で得たスキルや経験を地域で活かし、それがまた本業にも活きる仕組みがつくれたらいいなと考えたからでした。

小山:たとえば僕は、某メーカーのアプリの仕事では、デザインのほかに音楽のディレクションもしています。音楽活動をしていることを皆が知っているので、「小山くんできるよね?」と言ってもらって。

水野:ひとつのコミュニティの中にだけいると、価値観とか考え方が固まってしまいがち。私もひとつのことに集中できる人はもちろん尊敬していますが、複数の拠点や仕事があると客観性が担保できて、バランスが取りやすいとも感じます。

小山:広告会社の仕事って、クライアントの業種もさまざまだし、幅広いプロジェクトを担当するので、すごく複業的。多様なジャンルの仕事を経験すると、視点が広がるというメリットがありますよね。

水野:最近、いろんな人から「自分も複業できますか?」と聞かれることが増えました。皆さん、複業には何か特殊な能力が必要だと思っているけれど、そんなことはなくて。

山崎:そもそも複業って、別に新しい考え方ではないと思うんです。たとえば、劇団四季の創設者・浅利慶太さんは演出家として知られていますが、経営もしていたし、中曽根元首相のブレーンとして政治との関わりもありました。つまり、昔から複業をしている人はいたわけで。

水野:ある熱海の会社では、案件や進捗をホワイトボードに書いてアナログで管理していましたが、複業で入った人がそれをクラウド化して大きな成果を上げました。違う業界に視点を移してみると、実はものすごく重宝されるケースがあるというのは、いつも感じています。

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複業は「両立」ではなく「両道」

山崎:ちなみに、僕が通っていた高校の校訓は「文武両道」だったのですが、いつも「文武両道と文武両立は違う」と言われていました。両立は何とか折り合いをつけて両方やっていくこと、でも両道は「両方とも極める」こと。複業って、保険でもないしおまけでもなくて、しかも趣味性がある。まさにこの考え方だな、と。

小山:複数のパラメーターを、同時に上げていく感覚ですよね。今の若いデザイナーを見ていても、デジタルも紙もどっちもやりたいし、サービスにも興味があるという子が多くて、そういう感覚が一般的になってきたんだなと感じます。

山崎:ただ僕の場合、音楽の領域で自分より上手な人は五万といるし、権威ある論文を書いたわけでもない。『こども六法』で法律はかじったものの、弁護士の知識には遠く及ばない。どの領域をとっても、専門性という面では劣っているんです。

小山:なるほど。

山崎:でも、小山さんがおっしゃっていたように視点が広がると、「ここから先は自分の手に負えない」という部分がわかってくる。『こども六法』は...

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