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青山デザイン会議

3.11から10年 東北発、未来へ向かうクリエイティブ

佐藤哲也、島田昌幸、長谷川琢也、安達日向子

2021年3月11日、東日本大震災が発生してから10年を迎えます。今回集まってくれたのは、東北を拠点に活動する皆さん。

東京と郡山の2拠点で活動し、地域の課題解決を行うほか、2018年には「ブルーバード」を立ち上げ、郡山のまちづくりにも携わるヘルベチカデザイン 代表の佐藤哲也さん。宮城県を中心に食を通じた地域の活性化を手がけ、防災備蓄ゼリー「LIFE STOCK」の開発など、新たな防災の形を提案しているワンテーブル 代表の島田昌幸さん。

そして、2012年にヤフーの東北エリアの拠点「ヤフー石巻復興ベース」を立ち上げ、2014年には、水産業に変革を起こすことを目指して「フィッシャーマン・ジャパン」を設立し活動を続ける長谷川琢也さん。アートディレクターとして同団体にジョインし、2018年には長谷川さんとともに、水産業の問題を解決する「さかなデザイン」も立ち上げた安達日向子さん。

地域に根ざして活動する起業家・クリエイター3組が描く、東北から生まれる未来のクリエイティブとは?

※2020年8月、「BOSAI SPACE FULFILLMENT PROJECT」に改称。(写真右中)
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伝えていくだけでは限界がある

島田:僕たちワンテーブルは、宮城県名取市に「ROKU FARM ATALATA」という食の商業施設を、同じく七ヶ浜町に「SHICHI NO RESORT」というホテルやカフェをプロデュースしています。そのほか、賞味期限が5年半ある防災ゼリー「LIFE STOCK」という商品を、7年がかりで開発しました。

長谷川:誕生日が3.11で、勝手に東北に運命を感じて、勤めているヤフーという会社の中で本格的に復興支援に携わりたいと提案をして、震災の翌年に「ヤフー石巻復興ベース」をつくって移住したんです。また「復興デパートメント」というECサイトを運営するなかで漁業・漁師と出会って、2014年に「フィッシャーマン・ジャパン」という団体を設立しました。

安達:私は両親が東北の出身で、美大時代の震災ボランティアから東北との関わりが始まりました。大学を卒業して東京でデザイナーとして働いていましたが、想いは残っていて、2015年にフィッシャーマン・ジャパンにジョインして。2018年には、長谷川さんと一緒に、水産業の問題をクリエイティブの力で解決する「さかなデザイン」も立ち上げました。

長谷川:漁師って命を張っているし、生き物を捕りに行くバイタリティにあふれていて、めちゃくちゃかっこいいんです。しかも船の上で食べる魚はうまいし、五感全部がやられるほど刺激を受けて、「地方にこそクリエイティブな世界がある」と感じて。今は沿岸部ならではの課題を、復興を超えて全国に展開したいと考えています。

佐藤:僕は震災をきっかけに、故郷の福島県郡山市と東京・日本橋の2拠点で活動をしています。主にグラフィックデザインの仕事をしていますが、郡山ではまちづくりの会社をつくって、築46年のビルをリノベーションしてカフェの運営をしたり、在来種の野菜を育てたり、いろいろな形で地域と関わるようになりました。

長谷川:自分は皆さんとは違って、元々よそ者なので、震災が地域に目を向けるきっかけのひとつになったな、というのは痛感しています。

島田:東日本大震災から10年を迎えますが、発生から四半世紀が経過した阪神・淡路大震災が「風化対策」を課題に挙げているように、伝えていくのには限界があります。しかも、被災の経験がサービスやビジネスに活かされていないから、ただの思い出になって忘れられてしまう。

安達:そうかもしれませんね。

島田:そこで、僕たちは新しい産業をつくることが必要だと考えました。LIFE STOCKは「参加型非常食」がコンセプトで、地域の子どもたちの絵を載せたり、地元の食材を使って給食のデザートにしたり、備蓄をつくるプロセス自体に地域の人が関われる仕組み。そもそも「災害」とか「防災」という言葉のラインをなくしたいと思っていて。

佐藤:それは面白いですね。

島田:実際、災害のときだけ活躍するものって、結局は使えないものなんですよ。東日本大震災では、車椅子の方や子どもたちが数多く津波で亡くなりました。そこで僕たちは、「スクーデリア・アルファタウリ・ホンダ」とともにF1のスポンサーであるRDSと、腕力が弱い方でも楽に移動できるリヤカーの開発を進めています。これなら、ふだんの散歩や子どもたちと公園に移動するときにも使えるし、災害のときにも力を発揮してくれる。

長谷川:「それ、買います!」って言いそうになりました(笑)。ふだん使っているものが便利になったら、災害のときにも強いというのは、まさにそう。災害なんていつ起こるかわからないし、本当に使えるのかわからないものを押し入れの奥にしまっておいても意味がないですし。

安達:震災以降、島田さんのように産業をつくるという視点からアプローチをしている起業家や、佐藤さんのように地域にコミットしようというデザイナーも増えて、すごくいい流れになっていると感じます。

島田:ここにいる方々は、それをビジネスにしているので、暮らしが営みとして継続できているんでしょうね。

長谷川:自分は、地方と都会、そして今までクリエイティブなことと関係がなかった人たちをつなぐ橋渡しをしてきたつもりなのですが、プロジェクトが形になったときって、すごいエネルギーや感動が生まれる。それが今、日本全体に広がって「クリエイティブってやっぱりすごいよね」という流れが生まれ始めたのかなと。

    TETSUYA SATO'S WORKS

    めくる花のれん(にんべん/東京都日本橋)

    牧場を食べるということ(菊池牧場・岩手県岩手町)

    たばこ煎餅(たまのや/福島県旧船引町)

    岳温泉観光協会ロゴマーク(岳温泉観光協会/福島県岳温泉)

    ラヂウム玉子(阿部留商店/福島県飯坂町)

    秋田だからできること(スパイラル・エー/秋田県)

    Blue Bird apartment.(福島県郡山市)
    1F/喫茶室、2F/ヘルベチカデザインオフィス、3F/クリエイター向け貸しオフィス、4F/SnowPeak イベントスペースなど、旅行者や地域の人が集う郡山のまちづくり拠点。築46年のビルをリノベーションし、2019年にオープン。

震災から10年の間に起きた変化とは

安達:ソーシャルメディアが発達するなかで、利益を目的にしたメッセージが届かなくなって、手触り感、温度感のあるメッセージが求められるようになりました。そのきっかけとしては、東日本大震災の影響が大きかったのかなと思っていて。

佐藤:デザイナーの立場からいうと、震災直後は、農業とか農家さんの活動をまず知ってもらうためのアクションで必死でした。それが2015年ぐらいからテーマが地域課題の解決に変わってきて、クリエイティブの領域も広がっていった。デザインとかグラフィックでどう解決するかということから、どんな機能を持たせるかという視点が主流になってきたと感じます。

長谷川:フィッシャーマン・ジャパンは、クリエイティブの力を使って、僕らが感じた「漁師ってかっこいい」という感覚を共有したいという想いからスタートしました。結果的に、漁師側にもスイッチが入って、仕事のモチベーションもクオリティも上がるし、さらに消費者も動かすといういい循環が生まれています。

島田:やっぱりデジタルとアナログの両輪が必要だし、そういう意味でもビジネスモデルとか産業づくりはすごく重要。災害時って、現場はアナログの戦いなので、SNSはとても脆弱なんですよね。

安達:うちの代表が「震災のときはSNSに思いやりがあった。でも今回のコロナ下では、飲みに行った人を叩くみたいに思いやりが感じられない」と言っていました。震災では、目の前の人と一緒に生き延びることが大事だったので、手と手を取り合うオフラインの強さがあったと思うんです。

島田:震災では、コミュニティこそが命をつなぐネットワークだとわかったわけです。しかも、単なるコミュニティではなくてトラスト、信頼関係が求められる。でも地域活動は、若い人からすると面倒くさいものなので、どうしたら彼らが楽しく参画してくれるかを考えないといけない。

佐藤:阪神・淡路大震災って、インフラから急ピッチで復旧していったので、文化やコミュニティの形成が遅れたそうです。この間、知り合いから「東北の農家さんって、神戸にはなかった復興の遂げ方をしていてうらやましい」と言われて、外からはそう見えているんだと思って。

長谷川:ちょうど10年前ぐらいに「コミュニティデザイン」が流行りだしたという、時代のタイミングもあるでしょうね。

安達:東日本大震災から2~3年経ったときにも、コミュニティを大事にしていこうという動きがありましたが、なかなか難しい部分も多くて。コミュニティ先行じゃなくて、産業を第一に考えて、それがコミュニティにつながっていくというほうが本質なのかもしれません。

長谷川:究極は、島田さんが言うようにビジネスが最強だと思うんです。漁師なんて特に、儲かるとかかっこいいとか、わかりやすい...

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