IDEA AND CREATIVITY
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2020年を総括 ニュースを生み出したクリエイティブ

PR×クリエイティブ 海外の潮流と日本の現在地

井口 理(電通パブリック リレーションズ)

クリエイティブにおいてPRはどんな貢献ができるのか。また、海外の先進事例と比較した際の現状とは。電通の社内でクリエイティブとPRの協働を目指す組織「CRAFTPR Laboratory」を営む井口理さんが解説する。

クリエイターを悩ませる根本原因とは?

コロナ禍によって、これまでのコミュニケーションが大きく変化したと多くのクリエイターが実感していることだろう。その変化の本質とは何なのか。そこには海外先進事例と比較したときの日本のコミュニケーションの立ち後れが垣間見られる。ここ数年のコミュニケーション業界のトレンド変化をにらみつつ、今後取り組むべきクリエイティブの方向性について考えたい。

多くのクリエイターと話していてよく聞くのが「CM制作のオファーが格段に減った」というボヤキだ。しかし情報を発信するメディアは従来通りにあり続け、それを視聴し拡散する生活者もまた存在している。コミュニケーション業界における萎縮は、こういった環境下で何をコンテンツとして発信していくべきなのかが各企業において明確に規定されていないことがその混乱を生み出しているのではないだろうか。

特に日本においては倫理的な観点から個々人の主張は歓迎されず、皆で協力して危機を乗り切るため、社会の空気を読んで諸処の対応をしようとするのが通常だ。しかし、個々の生活者の日常を豊かにするモノやサービスの提供は存続されるべきだし、このような危機下だからこそそれがさらに必要であったりもする。そこで頭をひねらねばならないのが、「どのようなコミュニケーションが嫌悪感を生まず受け入れられ、また賛同を得られるのか」ということになるわけだ。

コロナ下で出現した精神的不安への対応

もちろん生活者もこれまで通りではない。さまざまな制約の中で不便・不満を感じ、それが時に怒りの感情に膨張してしまうこともある。これまで当たり前だったコミュニケーション体験に対してセンシティブになることもあるだろう。脳天気に語りかけるようなメッセージは敬遠され、自分を気にかけてくれるような、そんな寄り添ってくれる語り口や仲間意識にホロリと共感を覚えることも多いはずだ。まさに生活者の置かれた状況を理解して、どのように語りかけるべきかが企業側のコミュニケーションにおいて最も重要なポイントとなってくるのだ。

スポーツ関連商品メーカーのNIKEは、このコロナ禍に生活者と向き合い、励まし、共に歩む存在としての印象を強めた企業だ。新たなCM撮影ができない中で、あえて新たなキャンペーン「You Can’t Stop Us」を発表し、「Never Too Far Down」と冠した動画を公開した(01)

01 NIKE「Never Too Far Down」。

これまでさまざまなアスリートを起用し、世界中の人々の気持ちを鼓舞するキャンペーンを展開してきた同社がこれまで保有してきた過去の素材を使い、この環境下でもきちんと人々の共感を創り出し、賛同を得ている。

その構成はいたってシンプルで、世界中の人々の記憶に染みついた“ヒーローたちの挫折”を取り上げ、そこからの復活劇を改めてなぞって見せるというもの。しかし多くの生活者が打ちのめされたこのコロナ下において、絶妙のタイミングで「共にこの危機を乗り越えよう!」という同社からの強いメッセージとなっている。

出演するのは、タイガー・ウッズ(ゴルフ)、セリーナ・ウィリアムズ(テニス)、クリスティアーノ・ロナウド(サッカー)ら。ケガやスランプなど逆境に直面し、もがき苦しみ、しかしもう一度、第一線に戻ってきた選手たち。その記憶は多くの人々の心にしっかりと残っているはず。そして、「We Are Never Too Far Down To Come Back.(カムバックできないはずがない。)」というコピー。心が折れそうになったときでも、前を向いて一歩でも進み、自分の心と戦う。そんなアスリートの姿に人々が自分を重ね合わせ、コロナ下でも挫けず進めるよう励ました。

ちなみにこのCMは、2020年5月24日にフロリダ州で行われたタイガー・ウッズのカムバックチャリティーマッチ(無観客)の放送中にオンエアされ、580万人の視聴者に届くと共に、YouTubeでも公開後わずか3日で7600万回以上再生されるなど大きな注目を集めた。

パーパス設定が企業行動をブレなく導く

ご承知の通り、NIKEは長年にわたって一貫したタグラインを掲げている。世界を相手に、企業ではなく、スポーツそのものの素晴らしさを伝えることに注力しているのだ。自らではなく、世界のために、人々のために、というスタンスは常に多くの人に受け入れられ、今もそのポリシーを貫いている。だからこそ、どんな事態においても、そのポリシーに沿った迅速な行動がとれるのだ。

同様に長年「女性のありのままの美しさ」を称賛するユニリーバ社のブランド「Dove」は、コロナ下で感染の危険に晒されながらも多くの患者を救うために奮闘する医療従事者を取り上げ、「勇気は美しい(Courage is Beautiful)」のコピーと共に医療従事者の写真を発信(02)

02 ユニリーバ Dove「Courage is Beautiful」。

顔に刻まれたゴーグルの跡が仕事の過酷さを物語る。「Beautiful」という美を称える言葉を、コロナに感染する恐怖と闘いながら、多くの患者を救うため奮闘する医療従事者の勇気に重ね合わせたものだ。これも新型コロナ感染拡大の状況下で、逼迫する医療現場を鼓舞し称えるメッセージとして多くの共感を得た。

こちらもメッセージの根底にあるDoveのパーパスに一分のブレもないことがそのスピーディーなアクションに反映されていると思える。「いつ、誰に向けて、何を発信していくべきなのか」がどんな状況でも即座に判断できる企業はやはりコミュニケーション強者といえよう。

このように一貫したブランドポリシーのもとで展開されるメッセージは、常に生活者の中で反芻され強いイメージとして蓄積されていく。その時々の流行りに合わせた、生活者におもねる形でのコミュニケーションばかりでなく、その企業のビジョン、ミッション、バリュー、そしてパーパスを背景にしながら一貫した姿勢でメッセージングを重ねることの重要性がこれらの事例からうかがい知ることができる。コロナ禍をきっかけとしつつ、今後変わりゆくコミュニケーション・スタンダードの中で、ひとつの指針となる事例といえよう。

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ちなみにメディアは情報発信のハブではあるが、利害(ステーク)保持者ではなく、ニュートラルな存在である。そして散見されるのがPRとパブリシティの混同だ。パブリシティはPRのひとつの有効な施策ではあるが、PR=パブリシティではなく...

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