オーストリア・リンツで2019年9月5日から9日までアルスエレクトロニカ・フェスティバルが開催された。今年で40周年を迎えたフェスティバルは、アート、テクノロジー、ソサエティをテーマに、作品の展示やパフォーマンス、カンファレンス、ワークショップなどがリンツとその近郊16箇所で行われた。今年は世界中から11万人もの人が訪れていたが、日本からもアーティストのみならず、産業界の人々やクリエイターなどが多数訪れた。
オーストリアの人口20万人の地方都市で行われるアートフェスティバルに世界中から人が集まるのは、単に皆メディアアートが好きだということではない。テクノロジーの発展が社会にどのように影響していくのか、アートの持つ論点や対話を生み出す力を通して人類の未来を世界に問いかけ続けているアルスエレクトロニカにヒントを求めて訪れているのだ。
とりわけ産業界が期待し、注目しているのは「パーパス」と「イノベーション」の視点ではないかと感じている。この2つの視点で今年の展示作品を紐解きながら、そこから企業やクリエイターは何を学ぶことができるかをレポートしたい。

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POSTCITY
パーパス視点から紐解くアルスエレクトロニカ
近頃、パーパスという言葉が注目されている。企業・組織が存続する社会的目的、存在意義と捉えられており、持続的な経済の発展や社会課題の解決のために民間企業が関与することが企業の存続に重要な役割を果たしていくと言われている。シリコンバレー式に高速で形にしては検証するやり方は経済性を優先するあまり、なぜそれが社会に必要なのかというパーパスが抜け落ちてしまっていたのかもしれない。
社会課題を示すものとして、SDGsは既に課題であると認識されたものであるのに対し、アルスエレクトロニカの展示作品は、今後課題になりうることを示唆している。例えばAIを利用した作品を通して、AIの暴走やAIが人間らしさまで代替した時の人間の尊厳など、まだ問題として顕在化していないが、今後考えなければならないことについてメッセージを受け取ることができる。このようにパーパスの視点でアルスエレクトロニカを眺めると、ヒントを見出すための宝庫であるように思える。
「[ir]reverent:Miracles on Demand」(Adam Brown)は、バイオテクノロジーの発展がもたらす問題についてメッセージを発している。作者の説明によると、キリスト教ではパンが血で染まったという奇跡が信じられてきたようだが、この作品は、血に似た液体を作り出すバクテリアを培養することでパンが血に染まったように演出することができるというものだ。人々が奇跡と信じてきたものがテクノロジーによって人工的に作り出せてしまうのだ。実際、遺伝子編集によって自然界では起き得ない操作ができてしまうことは、もはや奇跡の領域かもしれない。
この数十年で情報技術が生活に溶け込み市場が形成されたように、バイオテクノロジーも新たな地平が切り開かれるのだろうか。その時、技術に倫理や規制が追いついていない場合、企業活動の市場原理が行き過ぎて何か重大な一線を越えてしまうことはないだろうか。バイオテクノロジーの使い手である企業は、この技術を適切に利用する責任が求められるだろう。
パーパスで語られる文脈は顧客のみではない。パーパスが明確な企業は従業員にとっても選ばれる企業になると言われる。「Sunny Side Up」(AATB)はロボットアームから照射された光で日時計をつくりだし、人工的な太陽を暗示している。人間は何十万年も太陽のリズムと共に生きてきた。しかし現代は24時間営業する店舗やサービスが溢れている …