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青山デザイン会議

「違う」ことから生まれる未来のコミュニケーション

浅井雅也(TBWA HAKUHODO)、河カタソウ、田中みゆき

多様性やダイバーシティが叫ばれる昨今、さまざまなアプローチで障害と向き合うクリエイターが登場しています。また、テクノロジーの進化もあって、障害という壁はかつてに比べて、低くなってきたようにも感じます。でも、それは本当でしょうか。

今回の青山デザイン会議に集まっていただいたのは、選手の障がいによって感じている卓球台の形が違うことを具現化した「パラ卓球台」を開発したTBWA\HAKUHODOのクリエイティブディレクター 浅井雅也さん、3月30日に公開される、生まれながらの全盲者の映画製作を追ったドキュメンタリー『ナイトクルージング』のプロデューサー 田中みゆきさん、そして次世代の新しいコミュニケーションを考える「未来言語」の共同創案者 河カタソウさん。

彼らは日頃、こうした課題と対峙する中でどのようにアイデアを見つけ、どんな気づきや変化を経験しているのでしょうか。障害と向き合うことで生まれる新しい視点と、未来のコミュニケーションやクリエイティブについて話をうかがいました。

Photo:amana photography for BRAIN

福祉ではなくコミュニケーション

河カタ:未来言語は、パナソニックとロフトワーク、カフェ・カンパニーが運営する100BANCHで、「障害」や「異言語」をテーマにした複数のプロジェクトがコラボしたことをきっかけに生まれました。最初にメンバーが集まったとき、僕はみんなに「目の見えない人と耳の聞こえない人は、どうやって会話をするの?」と尋ねたんです。すると誰も「わからない」と言う。ということは、それが未来の言語(コミュニケーション)になるんじゃない?と。障害のある人というより、新しいコミュニケーションをつくるにはどうしたらいいんだろうというのがスタートです。

田中:私は、もともと21_21 DESIGN SIGHTやYCAMなどで展覧会を企画していました。障害というテーマに力を入れるようになったきっかけは、2014年に日本科学未来館で「義足のファッションショー」を企画したこと。そのとき、生まれてすぐ片脚を切断してしまった出演者の女の子が「脚が2本ある意味がわからない」と言いました。その子にとっては自然な疑問なのですが、面白いと思うとともに、何をもって私たちの体が"普通"とされているのか、という疑問を持ったんです。

河カタ:我々がやっていることって、福祉といわれれば福祉ですが、その世界にはもっとプロフェッショナルな人がいます。となると、僕らの役割はエンターテインメントや楽しさをいかにつくるか。田中さんは、映画もつくられているんですよね?

田中:はい。目が見えない人が映画をつくる『ナイトクルージング』という作品で、3月30日に公開されます。というと、見えない人が一生懸命カメラを回して撮ったと勘違いをされる方もいますが、見えない監督と見えるスタッフがお互いに思い描いているイメージを交換して、ひとつのものをつくるというのがテーマ。私はコミュニケーションの映画だと思っています。

浅井:未来言語の話と少し似ていますね。

田中:そうですね。見えない人と話すと「空ってドームみたいなものだと思っていた」とか、当たり前と捉えていたものの概念をいちいち問われるし、考えさせられることがたくさん。私としては福祉としてやっている気持ちはなくて、世界を見る新しい視点や未来の身体の可能性を感じています。

浅井:僕は広告のクリエイティブディレクターとして、6年ほどアメリカのオフィスで働いたあと、2017年に帰国しました。帰国後、たまたまパラ卓球協会(日本肢体不自由者卓球協会)の方と知り合ったんです。当初は協会のロゴやポスターをつくるくらいの話だったのですが、企画をしていくうちに、もっとやりたいという気持ちが高まって。というのも、選手に話を聞いてみると、身体に障害があるのに「お互いの弱点をとにかく攻め合う」なんて言っていて、それがすごく衝撃的だったんです。

田中:『ナイトクルージング』で追っている全盲の監督も、けんかをするときは、最初に相手の目をつぶすと言っていました。

河カタ:同じ条件にするんだ(笑)。

浅井:自分の弱点を克服しつつ、相手の弱点を攻める。これはえげつない、でもすごく面白いと思って。代表選手20人くらいにインタビューをして、それぞれが見ている卓球の世界をスケッチしてもらいました。それをポスターにしてもよかったんですが、ここまできたら卓球台をつくりたいよね、ということになって。

パラ卓球台は、台の片方は普通と同じですが、もう片方がそれぞれの選手のチャレンジを表しているんです。車イスでネット側に手が届かないから台の奥行きが長かったり、生まれつき手が短く両サイドの球に届かないぶん足を使って大きく動くから丸くふくらんでいたり、左足が不自由だから左側が大きかったり。

河カタ:障害のある人たちの感覚を体験できる、やってみたいですね。

浅井:体験会があるのでぜひ。よく男性がおもりのついたジャケットを着て、妊婦体験をするじゃないですか。あれって重いというネガティブな部分だけを追体験しますよね。でも、パラ卓球台はゲーム性があって楽しい。

子どもがパラ卓球台を使って試合をすると、手が届かないから「ずるい」って言うのですが、車椅子の選手が「でも、それが僕のやっている卓球の世界なんだよ」と返すと、「すげえ!」と気づくきっかけになって。卓球って、運動神経がよくなくてもなんとなく楽しめるじゃないですか。そういう意味では、スポーツというよりコミュニケーションと捉えていて、それはみなさんと同じ考え方ですね。

解釈の自由さが新しいものを生む

河カタ:障害について知れば知るほど相手の気持ちを考えるようになるので、優しくなれるんです。かわいそうではなく、この人はこういう個性を持っているから、こうするとうまく伝わるかもという新しい発想が生まれる。我々のチームにもろう者・難聴者がいるので、ミーティングでは手話を使ったり、紙に書いたり。すごく考えて言葉を選びながら話すので、普通に議論をするよりも早く進むこともあるくらい。

田中:"障害のあるなし"じゃなくて、"条件の違い"と考えると、可能性が広がると思います。先天性の全盲のプログラマーと一緒に音だけのゲームをつくる「オーディオゲームセンター」というプロジェクトを進めているのですが、私はプログラムを全然書けません。一方、彼はより多くの人にゲームを伝える際に、どうしたらいいかわからない。だから補い合う。

河カタ:未来言語のワークショップでも、「見えない」「聞こえない」「話せない」、3つのパートに分かれてコミュニケーションをしていきます。例えば、見えない人が聞こえない人と話そうとすると、しゃべっても聞こえないし、見えないから状況もわからない。どうするかというと、話せない人に助けてもらうんです。見えない人がしゃべって、話せない人が文字を書いて、聞こえない人に見せてあげる。3人が合わさることで、初めて会話が成立するんです。

田中:本当にお互いさまですよね。

河カタ:伝え合うことって、すごく楽しいんです。ワークショップでも伝わるとめちゃくちゃうれしくて、みんな飛び跳ねて喜ぶ。障害のある人であろうが言語が違う人であろうが、伝え方さえわかっていればコミュニケーションできる、という気づきがありました。ちなみに、さらに進んでいくと「文字を書くのは禁止」になります。

浅井:どうするんですか?

河カタ:ひとつはルールをつくるんです。例えば、わかったときは拍手をする、というように。最終的には、だんだん「触る」ということになっていきます。テクノロジーが発展していったら、もしかしたら誰とでも会話ができるようになるかもしれませんよね。でも、それに頼ってしまうと接触しなくなるんです、人間って。

浅井:同じフロアにいるのに、チャットで話したり(笑)。

河カタ:もうひとつは文化的背景の理解。例えば、カレーを食べるという行為を伝えるとき、スプーンですくうポーズをしますよね。でも、これをインドでやったら、手で食べる人もいるから伝わらない。だから、文化的背景の理解と接触が、未来のコミュニケーションのカギになるのでは、というのが今のところの仮説です。

田中:私はここ数年、全盲の方と関わることが多かったのですが、一番面白いのは、例えばここに目の見えない人がひとりいるだけで、コミュニケーションがすごく変わること。この部屋に何人いて、どこに誰が座っていて、水はここにあるよとか、当たり前のことを共有するコミュニケーションが発生する。それが、すごく好きで。

浅井:田中さんの関わるプロジェクトって、どういう発想から生まれるんですか?

田中:見えないことによって、見えることをどう問えるかを考える……と言ったらいいでしょうか …

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