PARTY NYは今年3月、台湾に新しくPARTY台北をオープンした。その背景には、「世界中にいる面白い仕事がしたいクライアントやクリエイターと出会い、協業できる環境を作りたい」という構想がある。

PARTY NY 川村真司(かわむら・まさし)
PARTY NYエグゼクティブクリエイティブディレクター/CEO。2011年PARTY設立。2013年PARTY NY設立。数々のブランドのグローバルキャンペーンはじめ、NHK『テクネ 映像の教室』といったテレビ番組開発、安室奈美恵「Golden Touch」ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。雑誌Creativity「世界のクリエイター50人」やFast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」に選出。

PARTY NY5年目を迎えて見えてきた課題
──なぜ、PARTY台北をつくったのですか。
PARTY台北をスタートした理由は、そもそもPARTY NYを始めた理由と同じで、世界中にいる面白い仕事がしたいクライアントやクリエイターと出会い、協業できる環境をつくりたいという想いからです。
2013年にPARTY NYのオフィスを開設した時、新しい土地に根を張るために、まずオンザグラウンドの仕事(NYで獲得したクライアントの仕事)で会社を回せることを自分たちへの大きな課題として課しました。普通の会社経営のやり方ではサバイブが厳しい環境なのと、僕らのチームに純粋なCEO・CFOがいないという無茶苦茶な状況だったので、毎年違った経営テーマを設けて、あくまでクリエイティブ・チャレンジだと思って取り組んできました。
初年度はとにかくこれまでのコネクションを使い汗をかいて営業してクライアントを獲得することを目標にし、その甲斐あって2年目からの活動を軌道に乗せることができました。その後は、体験系の案件に特化したり、逆に自社案件を増やしたりなど、自分たちなりに実験軸を持ち経営してきました。こうして3~4年かけ、スタッフも10名弱に増え、70%がアメリカのオンザグラウンドの仕事、20%がヨーロッパ・アジア、残りの10%が日本、というバランスで、何とか会社が回るようになりました。
その次の実験として、昨年はあえてビッグクライアントと数億規模の大きな広告仕事にチャレンジすることをしました。ただ、やってみてこの方向性は微妙に違うなと感じたんです。というのも、予算が増える分ステークホルダーの数も増えて調整的な作業が増えますし、アイデアもエッジの効いたものになりづらいからです。それに、そもそも自分は会社を大きくしたいのか?という疑問も生まれました。
売上げは確かに上がりますが、その分、純度高く面白いものを作る理想の姿からは離れていく。それに、大きくなった先にできあがるのは、既に存在するようなフルサービスエージェンシーだったりするわけで、それをあえて改めて作りたいわけでもない。僕らだからチャレンジできる形でのサステイナブルなクリエイティブビジネスのモデルとは何だろう?と新しい課題が見えてきたんです。
NYで5年やってきて、もう1つ気づいたことがあります。それは、どの土地にも面白いことをやりたいクライアントやパートナーは存在していて、ただその数は ──これは全くの個人的な体感値で根拠はないのですが── 業界全体の1%ほどにすぎないということです。例えば2016年に実施した「Nike Unlimited Stadium」などはその1%の仕事ができた例だと思っていますが、そんな数年に一度しかないようなチャンスを1つの場所で待ち続けるわけにいきません。
ならば、別の拠点にも人を振り分け、その場所の1%のクライアントに出会うチャンスをつくったらどうか。そして制作する時はチームでその場所にさっと集まるような、アジャイルな動きができたらいいんじゃないかと思うようになりました。
その次なる拠点を考えた時、注目したのは成長するアジアでした。ただ、最大のマーケットである中国は競争が激しく、その1%のクライアントにたどりつく道すじもなかなか見えなかった。そんな時、NYオフィスのメンバーの室市栄二が、いつか家族の故郷である台湾で仕事をしたいと言っていたのを思い出して …