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あれから10年

それぞれのクリエイティブにプラスを生む場をつくる

シカク 原晋/大久保雅人

10年前に独立した人はどんな背景から、どんなことを考えて、自分の場所を築いたのか。そして、この10年間にどんな変化があったのか。今回は、クリエイティブ・ユニット シカクの原晋さん(下写真左)と大久保雅人さん(右)です。

シカク
2008年に、コピーライター 原晋、映像作家/ディレクター/モーショングラフィックデザイナー 大久保雅人、大久保篤史、エディター 村尾まさみの4人でクリエイティブユニット「シカク」を結成。2010年にフォトグラファー 成田小夜子、2013年にプロデューサー 鈴木桜子、2017年にレタッチャー 江本祥多が参加。2014年にグラフィックデザインオフィスKucHenと共にオフィスをシェアし、現在に至る。
Photo:parade/amanagroup for BRAIN

設立当時のシカクの4人。

お互いの人脈を使って新たな仕事を増やす

──クリエイティブ・ユニット「シカク」を立ち上げた経緯を教えてください。

大久保:10年前、僕は方南町で別のフリーランスの人たちとオフィスをシェアしていました。その人たちが他に移ることになり、新たにシェアしてくれる人を探していました。そのときに大学時代のゼミの先輩の原さんの顔が思い浮かびました。学生時代は交流がなかったのですが、原さんはゼミ界隈で有名で僕が一方的に知っていたんです。当時、原さんはクリエイティブブティック パイロンに在籍していて人脈が広そうだから、誰か紹介してもえらないかと思って連絡をしてみたら…まさか本人が来てくれることになるとは思いもしませんでした(笑)。

原:ちょうどその頃、僕も独立を考えていて、フリーランスのコピーライター仲間に相談していたんです。そんなタイミングで同じゼミの後輩だという大久保からメールが来たので、飲みに行って話をして一緒にやることに決めました。なぜ一人じゃなく、ユニットなのかと言えば、1人で独立しても、絶対に話し相手がほしくなる。それから広告会社時代の経験から他の人と話をすることで情報の鮮度が保てるということを実感していたので、独立するときは誰かと一緒に組むほうがいいと思っていたんです。

大久保:同時に、東京芸術大学を卒業し、映像制作に興味を持っていた弟の篤史と、映像専門学校時代の後輩の村尾まさみにも声をかけて4人で始めることになりました。これが「シカク」の原点ですが、当時はまだ屋号もなかったし、弟と村尾は学校を出たばかりで仕事があまりない状況でした。

──その後、なぜ4人は「シカク」と命名して、活動することになったんですか。

原:方南町では一軒家の一部を間借りしていたのですが、大家さんがいたこともあって、個人名の郵便物が全然届かなかったんです(笑)。それで屋号を付けたほうがいいんじゃないかという話になりました。ただ、ユニットになると集団としての強さが生まれる一方で、誰かが大きな失敗をしたら4人とも潰れることになります …

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設立時に掲げたのは、「純度の高い仕事」を続けること
自分がどうあるべきか、志を持って仕事をする
コピーライターの仕事領域を拡大するために、進めてきたこと
カンプを超えて、よりよいものに仕上げるためのチームづくり
これまでのキャリアが生かせる新しい「場」をつくる

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