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スタンダードへの道

パイロット小島久明さんに聞く筆記文具の新しいあり方

聞き手:水野良樹(いきものがかり)

世の中でヒットしている商品は、どのような道をたどって生まれ、その後定着して、「スタンダード」になっていくのか。さまざまな商品の原点から現在までを人気ユニット「いきものがかり」の水野良樹さんが、自らの曲作りと重ね合わせてインタビューします。

(左)パイロットコーポレーション 営業企画部 筆記具企画グループ課長 小島久明(こじま・ひさあき)
フリクションをはじめ、筆記具の商品企画を担当するグループのリーダーを務める。
(右)いきものがかりリーダー ギター・作詞・作曲担当 水野良樹(みずの・よしき)(聞き手)
Photo:parade/amanagroup for BRAIN

開発に30年をかけたフリクション

水野:フリクションは、僕も詞を書くときによく使っています。この「消せる」という機能はどのように生まれたのでしょうか?

小島:もともと「消す」という需要は世界的にあるものです。日本は鉛筆を消しゴムで、ヨーロッパは万年筆をインキ消しでという「消去の需要」があり、書くペン、消去用のペン、書き直すペンを持つ必要がありました。

こうした需要とは別に、弊社では黒で書いた文字が青や赤に変わるメタモインキを使ったペン「イリュージョン」の開発が進んでおり、そこから1本でかき消しできるペンにつながっていきました。そしてフリクションインキができたのが2005年。日本に先駆け、欧州で2006年に、日本では2007年に発売となりました。

水野:フリクションの開発にはどれぐらいの期間がかかったんですか?

小島:約30年ですね。1975年に温度変化で色が変わる「メタモインキ」というインキが開発され、それを利用してお湯を注ぐと色が変わるマグカップなどをつくっていました。ただ、このインキは変化の温度幅が狭く、そのため筆記具に応用することができず、筆記具をつくるためには温度帯を広げる研究をする必要がありました。

水野:30年…!大卒で入社した人が50代で管理職になった頃にようやく完成したというわけですね。途中で無理なんじゃないかと、諦めるムードはなかったですか?

小島:開発したのはメタモインキをつくっている弊社子会社のパイロットインキの第二開発部という小さな部隊でした。彼らも自分たちの組織が生き抜くために何かしなければならないと、メタモインキをコップに印刷したり、オモチャ用の塗料を提供したりとさまざまなものをつくっていました。とはいえ、何しろ30年なので辛い時期が長かったと思います。我々も「いつかはできるんじゃないか」と期待していましたので、研究者たちのリレーが繋がって目の前にフリクションが出てきたときはうれしかったですね。

水野:開発にはすごいドラマがあったんですね。温度帯の話ですが、消すときにフリクションは60度以上になっているんですか?

小島:消し方によっては瞬間的にですが90度ぐらいまで上がっています。開発では消える温度(60°)と色が戻る温度(マイナス10°)の、その幅を広げることを探求することが最も大きな課題の1つでした。さらに、ボールペンの先は小さな隙間しか空いていないので、インキの粒子を細かくする必要がありました。この2つを乗り越えて、ようやくフリクションが仕上がったんです。

最初のブレイクポイントはノック式タイプを発売したとき

水野:商品が完成した後は、世の中にどのように打ち出していったのですか。

小島:我々は販売店と直接取引をしているメーカーなので、まずフリクション発売前に都心の大手文房具店で弊社営業担当者が説明をする形でデモ販売をしました。そこで1日で記録的な売上を果たしたので、「これはいけるんじゃないか」と営業に臨みました。多くの人に浸透させるためには日々の営業努力が非常に重要でした。

水野:爆発的にヒットしたきっかけは?

小島:フリクションは0.7ミリのボールペンから始まり、細いタイプがほしいという要望に応える形で0.5ミリが出て、その後にノック式が出るのですが、ノック式発売のタイミングが最初のブレイクポイントでした。前のタイプより便利に使えて消せるということで広まっていきました。

水野:僕は消せてなおかつ色の種類があるという点が使いやすいと思いました。手帳でこのタイプの予定は赤にするなど色を使い分けていますが、色の展開はどのようにして始まったのでしょうか?

小島:弊社は営業担当者が販売店を直接回っているので、そこでいただいた要望がきっかけでした。カラーインキはできるだけ濃い色をつくりたいと考えたのですが、色には特性があり、濃い色が出しづらい種類があるのでカラーインキをつくるのも別のハードルがありました。また、「ボールペンでは太い線が書けないので、もっと太い線を書きたい」という要望からサインペンもつくりました。

サインペンの開発も難しくて、ボールペンは金属のボールとまわりのソケットの隙間が安定しているのですが、サインペンは繊維を絡ませているのでインキの出る幅が安定しないんです。そこから安定してインキを出すために毛細管の調節をするなど、さまざまな制約があるなかで開発を続けました。一つひとつの商品ラインナップを追加するごとに技術開発をして製品化してきたので、私はフリクションを「技術の商品」だと思っています。

水野:フリクションは多数ある筆記具の中で明確に差別化されていますよね。音楽の場合は、このジャンルの人はこういう音楽をやるということが明確で、競争のように見えて実は競争じゃなかったりします。特に今の時代はジャンルが多様化していて、あるジャンルのお客さんはそのジャンルに固まっていて、その中でパイを取り合っているという状況です。でも、文房具は同じ球場の中で、どちらがホームランを打てるかという技術者同士の闘いなのかなと感じます …

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