広告で人が動きづらくなっている世の中で、社会的文脈に沿った情報発信とクリエイティブやアイデアの力をかけ合わせ、ブランドに対する関心や好意度を高めていく「クリエイティブPR」に注目が集まっている。広告を打っただけでSNSで話題にするのは難しく、たとえ話題になり拡散されたとしても、炎上のような形で悪いレピュテーションが広がっては逆効果。生活者からどれだけ共感と好意的な反応を狙って引き出せるか、広告表現はもとより、その先の反応や評判まで設計することが求められるようになっている。
そのためには、生活者が深く共感する文脈と人にシェアしたくなる魅力的な表現の双方を掛け合わせる必要がある。今回の特集では、クリエイティブPRにいち早く取り組んで成功した事例を中心に、これからの広告クリエイティブに欠かせない“PR視点の発想”を解き明かしていく。
日本で不妊に悩むカップルは5.5組に1組。不妊治療と言えば女性がするものと思われがちだが、実は不妊の原因の約半数は男性側にあるという。リクルートライフスタイルは昨年、精子の状態をセルフチェックできるサービスを開始し、カップルで取り組む重要性をPRを中心としたコミュニケーションで訴えている。
女性主体の妊活に変化を起こしたい
リクルートライフスタイルが昨年11月に発売した「Seem(シーム)」は、スマートフォンを使った精子セルフチェックサービスだ。アプリと専用キットを使って精子をスマートフォンのカメラで撮影するだけで、精子の濃度と運動率を測定できる。
Seemを開発した背景について、リクルートライフスタイル ビジネス開発グループの入澤諒さんは、「私は3年前に入社したのですが、前職では女性の生理日管理をするアプリの企画やプロモーションをしていました。その中で、日本で不妊に悩むカップルは5.5組に1組と言われているにもかかわらず、妊活や不妊治療を女性ばかりが頑張っていて、男性が何もしていないことに疑問を持つようなりました」と話す。
WHO(世界保健機関)の調査によれば、不妊の原因の約半数は男性側にあるという。「実際、女性が1〜2年1人で頑張っても妊娠せず、ようやく男性が検査を受けたところ原因が男性の方にあったとわかるということも少なくないんです。これは大きな社会問題だと思い、男性が動くきっかけをつくれないかと考えるようになりました」。
そしてリクルートライフスタイルに入社し、新規事業開発を担当する部署に配属され、それまで感じていた問題意識を背景に、精子のセルフチェックができるキットの開発・販売を提案した。メディアや広告を扱ってきた同社にとっては、こうしたものづくりは初の体験。もちろん、テーマ自体も初めて取り組むものだ。
開発中に社員にテスト的に使ってもらったところ、精子の状態がよくない社員が数人見つかり、その内の1人はまさに妊活を始めようとする直前だった。Seemをきっかけに医療機関を受診した結果、男性不妊が判明し、治療を始めたことで半年後に妻が妊娠した。この事実を皆が喜んだと同時に、「命が生まれるサービス」と社内で認識されたという。
Seemはあくまで簡便なセルフチェックサービスであり、診断には、医療機関での検査が必要だ。だが、男性が医療機関で精液検査を受ける心理的ハードルは高い。Seemがあることで男性に気づきのきっかけをつくり、早い段階で病院に行くよう促すことで、これまでの女性主体の妊活や不妊治療に変化をもたらすことがSeemの目指すゴールだ。
商品のロゴやパッケージデザインなどのコミュニケーション面は、リクルートコミュニケーションズが担当した。妊活へのハードルを下げるためのサービスゆえに、手軽さ、覚えやすさを重視した。「Seem」という名前は、「Seem to(=かもしれない)」や「See+m(男性= man を見る=See)」など、いくつかの意味をかけ合わせている。
キーカラーは生命力を感じ、ポップさも感じるグリーンを選択した。リーフレットに書かれたコピーは、「知るところから、はじめよう」。男性の妊活の第一歩として、手軽に自身の状態を知るためのツールとして広めていきたいという思いがあった ...