世の中でヒットしている商品はどのような道をたどって、「スタンダード」になっていくのか。さまざまな商品の原点から現在までを人気ユニット「いきものがかり」の水野良樹さんが自らの曲づくりと重ね合わせてインタビューします。
聞き手:水野良樹
チョコレートを大人の嗜好品にする
水野:「チョコレートは明治」というキャッチコピーにあるように、御社には人気の定番チョコレートがすでにたくさんあります。そんな中、「meiji THE Chocolate」は200円台という御社の既存商品の倍近い価格設定で、次々と新しい味を出している。こうしたチョコレートを開発しようと思った背景には、どんなことがあるんですか。
宇都宮:私たちの頭の中には3つのことがありました。一つは、素材から作らないといいものはできないということ。つまりカカオに対する取り組み。カカオは産地によって味が違うので、産地が増えれば増えるほど、味のバリエーションが増えていきます。2つ目に、日本の市場の問題。日本ではチョコレート=甘いお菓子、つまりおやつとして捉えられていること。そして、3つ目に、百貨店などで販売されている高級チョコレート。これは当社が出している定番チョコレートとはカカオのグラム単価が10倍くらい違います。
チョコレート市場はここ数年、100円前後と1000円超の価格の二極化が進んでおり、中間帯の価格帯がなかったんです。それで「THE Chocolate」は子どものおやつだったチョコレートを、大人の嗜好品にというコンセプトで開発を始めました。将来的には、新しい日本の文化にしていきたいと考えています。
水野:日本の文化にしていく、というのは具体的にどのようなことですか。
宇都宮:私の頭の中に最初に浮かんだのは、コーヒーです。かつて多くの人はミルクと砂糖を入れて、甘い味のコーヒーを飲んでいましたが、それがいつしか微糖になり、ブラックになり、焙煎方法にこだわるようになり、豆の産地にこだわるようになり…。缶コーヒーでも産地を語り、豆の焙煎を語っているのに、チョコレートは完全においてきぼりにされました。
もう一つコーヒーで言えば、ブラックで飲む人、砂糖を入れる人、砂糖とミルクを入れる人、ミルクだけ入れる人といろいろいます。チョコレートではカカオとミルクというレシピはなくて、必ず砂糖が入ってしまいます。つまりコーヒーに比べると、チョコレートは味のバリエーションが狭く、なおかつ多くの人にとって「甘い」ものと認識されています。
水野:なるほど。グラデーションがない、ということですね。
宇都宮:さらに言えば、チョコレートはパッケージ化されたものを手にするので、どういう原料でできているのか、意外と知られていない。コーヒーは豆も売っているし、挽き方やドリップ方法も知られているのですが。
水野:確かに。僕も今日ここでカカオの実を初めて見ました。
宇都宮:そうですよね。実は明治は90年前よりBean to Barでチョコレートを作ってきました。そして、そのこだわりをさらに深めようと、2006年からはBean(カカオ豆)の質をより高めるための取り組みを始めてきました。ここに「Bean to Bar」と書いてありますが、これはつまり自分たちで産地に入り、カカオ農家を支援しながら素材づくりから関わり、そのカカオを使ってチョコレートを作る、という製法です。これはチョコレートメーカーとしてあまりないことです。
水野:え?カカオ豆から関わってチョコレートをつくるのは、業界ではスタンダードではないのですか。
宇都宮:世界的にカカオ豆ビジネスは大規模メーカーに委託される傾向にありますが、明治は独自にカカオ豆を調達し、自社生産を貫くなど「Bean to Bar」方式にこだわっています。カカオの生産量は全世界で400万トンくらいですが、日本での使用量はその1%程度。
水野:そうなんですね…。でも、明治さんは90年前からカカオに関わって作ってきたわけですね。それはむしろ大変な気もするのですが、そのメリットは何なのでしょうか。
宇都宮:いろいろなところから素材を買うと、自分たちの味が出しづらくなるんです。だからこそ私たちはカカオ豆を手にしてからチョコレートをつくるというプロセスを選んでいるんです。その中での約束ごとは、よいカカオを厳選してチョコレートを作る、ということ。
カカオ豆は収穫してすぐに使えるというものではなく、まずは発酵させる。そして、旨みを引き出してから乾燥させるというプロセスがあります。つまりチョコレートの味はカカオによるところが本当に大きくて、いいものを作ろうと思ったら、豆から見ていかないと難しいんです。
水野:独自のノウハウが必要なんですね。
宇都宮:あえてものすごく大変なことをやっているんです。それでも明治がカカオを使う量は世界の消費量からすると本当にわずかな量です。だから農園も大手メーカーにカカオを売ろうとするわけです。この状態が続くと、将来的にはカカオを手に入れるのが難しくなる。そう考えると、自分たちでコネクションを作り、そこから管理していかないと、将来チョコレートを作れなくなる可能性もあるわけです。そういう危機感と共に、やはり最初から自分たちが手をかけたほうがより良いものができるだろうという考えのもと、このプロセスで作り続けています。
カカオを厳選して購入することから、もう一歩踏み込んで上流に行くことをこの10年で加速させて、ようやく自分たちが思うようなものづくりができるようになってきました。
水野:チョコレートにこんなバッググラウンドがあるとは思いもしませんでした。長い間、こういう製法をとられてきたわけですが、最近になってこういうストーリーを打ち出そうと思ったきっかけは何だったんですか ...