近年、スマートウォッチ、スマートグラスといったデバイスが次々と発売され、「ウェアラブル」という言葉を聞く機会が増えています。同時に、その概念も広がりを見せ、ファッションとデジタルテクノロジーはより緊密な関係になり、そこに求められるものが変わりつつあります。それはコレクションでのAR/VRを使ったプレゼンテーションということだけではなく、プロダクトそのものをつくるプロセスを変え、糸や布など新たな素材をつくり出すなど、アパレル産業の構造自体を大きく変えていく可能性を秘めています。そして、それらは近い将来、私たちの身につけるものとして、健康管理、体温の温熱調節、行動のサポートなど、ライフスタイルそのものも変えていくかもしれません。さらに言えば、私たちの身体と一体化し、本来の身体能力を拡張させていくことも予感させます。デジタルテクノロジーがこれからのファッションを、私たちの生活をどのように変えて、どのように拡張していくのか。
今回のデザイン会議では、クリエーティブ・テクノロジストの大瀧篤さん、AR三兄弟 川田十夢さん、クリエイティブディレクター ムラカミカイエさん、そしてFashion Entertainments杉上雄紀さんが、このテーマのもと話し合いました。
20世紀の文脈でファッションを捉える時代は終わった
ムラカミ:いまファッションを牽引する情報には大きく「2つの軸」があります。一つはSUPREMEやカニエ・ウェストなど社会的影響力の強いブランドや人が生み出す現象性、つまり「コト」の軸。もう一つは、今日僕が履いてきたアディダス最新作の3Dプリンティングの靴「3D Runner」のように、最新のテクノロジーから生み出されたプロダクト、いわば「もの」軸。いまこの2つの「コト」と「もの」軸を極めた情報が、Web上で流通する情報価値としては高く、こういった要素を持つ商品は、プロモーションにお金を使わなくても、SNSに載って瞬く間に世界中に広まる時代になっています。
川田:3D Runnerを見て思うのは、今はメーカーも従来のコンセプトカーのように商品として実売しないものの開発はさけて、そのまま商品として出せるものをつくるようになったということ。プロモーションのため、またはそのときだけのお祭りのための商品はつくらなくなりました。
大瀧:僕は昨年、オーストリアで開催されたアルスエレクトロニカに行ってきました。そこで見た3Dプリントのドレスは、アウトプットした小型パーツを組み合わせてつくられていました。さらに、そのパーツのグラフィックやサイズは発注用のPC画面上で変えることができる。「服をパーツでつくる」という概念は新しくて、服づくりのラインが変わると感じました。
杉上:昨年4月、ソニーは柄を変えることのできる腕時計「FES Watch」の販売を開始しました。文字盤とベルトが一枚の電子ペーパーでできていて、ボタンを押すと時計全体のデザインを変えて楽しむことができます。デザインのバリエーションは24通り。ファッションのデジタル化を目指した第1弾商品です。昨年クラウドファンディングを実施した第二世代の腕時計FES Watch Uは、どんな柄でも出せるようになります。クリエイターにデザインを作ってもらい、配信していきます。
また、スマホで撮った風景をすぐに身に付けることもできるようになるんです。そうなると、目に見えるもの全てがファッションデザインとして取り入れられるようになるので、ファッションの考え方や感じ方が変わっていくのではないかと期待しています。
ムラカミ:ここ3年程、ノームコアの影響や、SNSでの食・住のライフスタイル表現の拡張で、衣服のみで自己主張することがカッコ悪い、というムードが漂っています。そんな中、服の柄や形を自由に変えてオーダーができるなど、衣服の表現の可能性を広げる提案がテック系の企業から多く見られるようになってきました。実際のところ「自分だけの柄がプリントされた服を着たいか」「そういった需要がどれだけあるのか」と指摘するファッション業界のマーケターの声は根強くあり、テクノロジーを扱う側と、ファッション世界の温度差がなかなか縮まっていかないという状況が続いています。
前述したように、いまは特に、ファッションには華やかさだけを求められているという状況ではありません。自分がコンサルを担当するテック企業の方には「20世紀までの感覚でファッションを捉えないほうがいい」とお話しています。社会が変われば求められる服への価値観や、役割も変わる。これはファッション史を振り返れば明らかなことです。
そういった意味で、Webの誕生は産業革命以降、最も強いインパクトをファッションに与え、そのあり方をガラッと変えてしまった。そういった前提のなかで、テクノロジーがファッションを時代適正化していく方法を考えていく必要があります。
杉上:ファッション業界には、従来のトップデザイナーが自らのクリエイションを発信していく世界と、NIKEiDのようにオリジナルアイテムをつくる新たな世界が生まれていますよね。テクノロジーの発達でオリジナルが簡単につくれるようになりましたが、今後どうなっていくと思いますか。
ムラカミ:NIKEiDはその先進性とは裏腹に、まだビジネスで成功しているとは言いがたい状況だと思います。これはNIKEiDの失敗ということではなく、ランキングが好きな日本では、多くのユーザーは他人と同じものを着ていることで安心する、という気持ちもあり、自分用にカスタマイズされたファッションをそれほど求めていないとするデータもあります。日本に洋装が定着してまだ100年足らず。ファッションの役割って国によってもまだまだ違うんですよね。
そんな中、グローバルに展開するアパレル企業に求められているのは、例えばウォーキングシューズやカスタムインソールなどがいい例になるかもしれません。つまり見た目ではなく、自分の身体的機能の欠点を補完している、またはその身体的機能を飛躍的に伸ばすものです。こういったベネフィットはお客さまの満足度も高く、その得られた効果を人に伝えたくなる。そういった本質的な効果を提供できる製品はビジネスとしての拡張性も高く、これからも多くの人々に求められていくでしょう。
大瀧:僕はスポーツ弱者を世界からなくすことを理念に掲げた「ゆるスポーツ」に関わっており、そこで気づかされることがとても多くあります。僕が考案した「ブラックホール卓球」を一緒にやっている車いすの方は、膝にポケットを付けていて、そこにスマホを入れているんです。その人にとってはそこが取り出しやすいベストの場所だと聞き、そういうカスタマイズこそ本当に必要だと実感しました。
杉上:デザインのカスタマイズを考えるとき、つくってから届くまでの時間差やカスタマイズしたものが思っていたのと違った、という点にまだ課題があると思います。その点、第2弾のFES Watch Uはスマホで作ったデザインをその場で時計に表示できるので、確認しながら作り込むことができます。テクノロジーの発達によって現状ある課題を解決し、ファッションをもっと自由に楽しくしたいと考えています。
川田:AR三兄弟を始めたときはミシンメーカーの開発者でもありました。縫製工場を回って、何に困っているのか、ヒアリングしてから特許技術を発案しました。そのとき、経験を積んだ特別な人にしか縫うことができない経験値のようなものをデータ化し、別のミシンにインストールすれば、誰でもその特殊な縫い方できるのではないか、と思いついたんです。まだ当時の技術では完全な形では実現できなかったのですが。でも、本来センシングの技術は、人が足りないものを補完するために使われるべきなんですよね。
その特許の次に設計したのが、日本語がわからない海外のサービスマンでも壊れたミシンの部品をガラケーで写真に撮ると、品番が出てきてすぐに注文できるという仕組み。それが僕のARの始まりでもあるんです。これはいまちょうど必要な機能なので実質方向の技術の使い道として今後も増えていくでしょうね。個人的には何かを“記録できる生地や糸”みたいなものが登場するとうれしいのですが。
ムラカミ:テキスタイルの世界では、どんな糸を開発し、生地にどういう機能を持たせるかが、いま活発に議論されています。近年、タンパク質からつくられた人工の蜘蛛の糸が開発されました。これはナイロンの数倍の強度があり、伸張性も非常に高いと言われており、これまでにない衣服デザインの誕生や、工業資材への展開といったことも期待されています。
また、銀などの金属糸を他の素性の糸と織り込んで一枚の生地にすることで、通電する服ができるようになり、スマホで温度を段階的に調整するなど、デジタルデバイスとして機能拡張された服がすでに実用化されています。
昔、服の未来はウェアラブル・コンピューターなんて言われていましたが、いまシリコンバレーでは、IoTが織り込み済みの未来では服になんでもかんでも機能を詰め込めばいいわけではなく、スマホや住環境なども含め、生活機能をデバイスごとにどう分担すればより効率的で快適な生活を提供できるのかという議論に発展しています。その時、服はウェアラブルデバイスとしてどういった役割を担えばいいのか、といったグランドデザインの設計が始まっています。