2016年 カンヌ 日本の受賞は全部で49作品
パナソニック「Life is electric」をはじめ、デザイン部門は相変わらず強い日本。しかし、他の部門が厳しい結果となった。カモ井加工紙「MT」と資生堂「HIGH SCHOOL GIRL?メーク女子高生のヒミツ」はこれまでに数多く国際広告賞を数多く受賞しているが、今回も2部門以上で受賞。オーストラリア政府観光局「GIGA selfie」も3部門での受賞となった。
カンヌライオンズに見る世界の広告2016
カンヌライオンズに通って20年弱、クリエイティブディレクター石井裕子(うさぎ)さんに今年のカンヌで得たキーワード注目のポイントを聞いた。
ここ数年感じていたのは、カンヌライオンズのカテゴリーが激増したことで、「振り子状態」になっているということ。正直言えば、人間くさいアナログな表現から最新のテクノロジーまで幅が広がったことで、審査員は評価が難しくなり、参加する私たちも「何から見ればいいの?」という状況です。
本年度を象徴する作品の一つは、イノベーション部門のグランプリ「AlphaGO」とクリエイティブデータ部門のグランプリ「The Next Rembrandt」です。中でも「Rembrandt」には、テクノロジー、ブランディングなど、さまざまな切り口がある。特に一番のポイントは、レンブラントのすべての作品をデータ化したという点です。クリエイティブデータについては「Data as a new pixy dust(なんでもかなえてくれる魔法の粉の意)」という人もいますが、これはアイデアがあったとしても、5年前には実現できなかった。この作品で注目したいのは、リアルな絵画をデータ化し、そこから再び「まだ見ぬ」リアルな絵画を生み出したこと。まさに“ 一人振り子”の状態で、リアルとテクノロジーの行き来があるうえに、従来は不可侵だったファインアートの領域にもしっかりと踏み込んでいる。“ 美しき領海侵犯”と呼びたいですね。
「Rembrandt」が秀逸なのは、主語を「AI」ではなく、常に「Rembrandt」に置いている。実際にはAIがデータを読み込み、解析しているわけですが、表にテクノロジーが姿を現していません。だから見ている方も納得がいくし、わかりやすい。しかも「レンブラントが次に一体何を描くのか?」と聞けば、誰もが期待し知りたくってしまう。目的とアウトプットは全く異なりますが、データをベースにしているという点では「AlphaGO」も同じです。ただ、そこにどのようなストーリーをつけるかで見せ方、受け止められ方は大きく変わってきます。
いま何においてもスピードが求められる時代。チタニウム部門の審査員長ジョン・ヘガティ卿は「SPEED OF TECHNOLGY」という言葉を用い、テクノロジードリブンになると、思考がどうしても後追いになり、よいクリエイティブが生まれない。本来の目的であるコミュニケーションを実現するためには、テクノロジーだけによらず、むしろストーリーテリングが重要だと語りました。当たり前かもしれませんが、最新テクノロジーを使えば使うほど、見落としがち。世の中と対話をするためのストーリーはもちろん、世の中がそれを欲するタイミングに合わせるスピードも求められます。「Pok´emon GO」は、ある意味ベストバランスなのかもしれません。
そしてアンダ―アーマーの「MICHAEL PHELPS」は感動的なCMとして話題になりましたが、実は放映前日にツイッターでティザー映像を公開しています。そこで流されたのは、マイケルとガールフレンドがアンダーアーマー本社で翌日から流れるCM映像を見ている姿。それを見て彼女が涙を流し、彼が努力することについて自ら語ったものです。これを見た人は翌日から流れるCMを絶対に見たくなる、視聴者のツボを突いた告知でした。
バーガーキングの「McWhopper」はその際たるもので、平和のための「戦線布告」をした後のストーリーを事前にきちんとつくり、世の中の反応に合わせてタイミングよく出していったことで話題が一気に広がり、多くの支持者を得ることができました。
REI「#OPTOUTSIDE」、ハイネケン「BREWTROLEUM」も今年を象徴するもので、世の中の文法を書き換えました。特に前者は、ブラックフライデーの過剰な状況、いや、極端なことを言えば米国の買い物文脈を一気に変えてしまいました。後者も流通、事業、エネルギー問題など、世の中のビールビジネスの文脈を変えるコミュニケーションを実現しています。他の流通までも REIに賛同したり、50カ所の燃料スタンドを設けるなどインパクトの大きさにも注目です。
文脈を変えるという意味では、ヘルス&ウェルネス部門のPEARSON「PROJECT LITERACY」も注目したいキャンペーンです。これは識字率の向上を図るべく、読み書きができないことで起こりうるさまざまな、健康がらみの問題を、ABCの歌になぞらえて発信しています。このように、ヘルス軸でものごとを捉え直してみると、新しい価値が生まれてきます。HEALTH-IFICATION OF EVERYTHING という発想です。高齢化社会である日本。トクホ商品といった高機能アイテムが増えてきたいま、日本でもこうした考え方は応用できるはずです。
近年のカンヌライオンズは広告という範疇にとどまらず、世の中にどれほどの驚きを与えられたか。その飛距離の長さが問われています。今年は特にその長さが長いものほど高い評価を得ているといえるでしょう。