映画『かもめ食堂』や『めがね』、キリン淡麗グリーンラベルや超熟PascoのCMなど、パラダイス・カフェが制作する映像には、人と場所、人とモノの関係を真摯に見つめ、ゆったりとした時間の流れを感じさせる雰囲気がある。クライアント、映画ファンからの信頼も厚く、多彩なチーム体制で人の心を動かす映像に挑戦し続けている。
テクノロジーよりもエモーショナル
パラダイス・カフェは1988年に、複数のクリエイターが映像制作に限らず多面的に活動して行くことを目的として設立した。次第にCM中心の映像制作に特化し、2005年に初のオリジナル映画『いつか読書する日』を手がける。以降、CMを軸に置きながらも映画を年に1本のペースで制作。ドラマ『私立探偵濱マイク』やオリジナルWebムービーなど媒体を問わず、映像領域の幅を広げている。
一方で4K、VR、ホログラム、プロジェクションマッピング...など映像業界の新たなテクノロジーにも対応し、シンガポールで開催された「スパイクスアジア 2015」ではブースを設け、自主制作の4KやVR映像を発表した。こうした先端技術の進化は映像表現の幅を広げるのに一役買っているが、「見誤ってならないのはテクノロジーよりも、人の心を動かせるかどうかにある」と、代表取締役の高木徳昭さんはいう。その映像が人を感動させられるか、人の心に届くのか、見た人の胸をざわつかせられるのか、泣かせられるのか、笑わせられるのか、怒らせるのか、共感してもらうのか、反発されてもなおなにがしかの証を遺せるのか。同社が映像制作で大事にしているのはエモーショナルであり、テクノロジーはその一手段に過ぎないという。「テクノロジーばかりに目を奪われていては大事なものを失ってしまいます。VRでもプロジェクションマッピングでもゲームでもCMでも、人が求めているのは物語(ナラティブ)。それがパラダイス・カフェの映像制作における指針です」(高木さん)。
部を設けず多彩なチームで連携
現在スタッフは30人。ディレクター、プロデューサー、プロダクション・マネージャーを含め、少数精鋭をモットーとしている。従って部(セクト)は設けず、8人のプロデューサーの仕事に応じて、案件ごとにチームを組んでいる。「野球で同じゴロは一つもない、と長嶋茂雄さんが言ったように映像制作の現場も毎回違います。どんな変化球にも対応できるようにチームで連携しています」(高木さん)。普段はプロダクション・マネージャーが一人で動いている仕事も、いざ撮影に入れば、他のスタッフが率先して協力するという体制を貫いている。社内に企画演出部、編集部、デジタルスーパーバイザーがいるので即座に相談ができ、その距離も近いため壁にぶつかってもリカバリーが円滑に進む。
映像制作会社は演出家を外部発注するケースが多いが、同社では「演出家を育てるのは、映像プロダクションの責務」と考え、優秀なディレクターを育て、実を結んでいる。長編映画を手がけたスタッフが、その映画制作で得た経験やノウハウ、スタッフなどをCMに還元することができ(その逆も然り)、最大の強みになっている。映画『マザーウォーター』やWOWOWドラマ『パンとスープとネコ日和』のメガフォンをとった松本佳奈さんは、入社早々、CM界の巨匠・関口菊日出監督のもとで学び、20代から演出家として数々の場数を踏んできた。「菊日出監督の演出は、役者さん、スタッフを自由に泳がせて、良い点をすくい取る方法でした。カメラに映らない、現場のすべてをディレクションするのがディレクターの仕事なのだと学び、目から鱗でした。長編映画とCMを並行して手がけるのは、映像の品質を向上するのに大変役立っています。映画とCMの演出は、使う筋肉が違いますが、どんな映像を作るべきか、そこは共通しています。人に大きな影響を与えるとか大それたことではなく、見ている人の気持ちをほんの少し動かしたり、ホッとさせたり、楽しい気分になって気持ちが緩んでもらうこと。そういう映像を制作していきたい」(松本さん)。
2010年、海外市場にも拠点を増やした。ベトナム・ホーチミンにある支社は、ASEAN各国向けのCM制作、日本向けCMのベトナムロケなどにも対応しているほか、キャラクターライセンシーを取得しており、広告と連動した事業展開をしている。人の気持ちを動かす、という目に見えない、答えの出ないことに、さまざまな角度から経験を得ることによって、引き出しの数を増やしているパラダイス・カフェ。その強みを生かして、クライアントとその先にいる視聴者双方が楽しめる、満足してもらえる映像づくりを常に目指している。