2015年4月1日より「福島県クリエイティブディレクター」に就任した箭内道彦さん。広告クリエイターが自治体のCDに就任する先駆けとなった。以前から音楽フェスやテレビ番組など福島県に関わる仕事をしてきたが、CDに就任することでどのような役割を担うようになったのか。
箭内道彦(やない・みちひこ)
1964年福島県郡山市生まれ。博報堂を経て2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」の広告、フリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、ロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐にわたる活動を行う。
行政と県民の溝を埋めないと
復興が加速しない
「復興に向けてチャレンジをする本県の姿を国内外に力強く発信するため、本県出身の箭内道彦さんに4月1日から『福島県クリエイティブディレクター』に就任いただくことになりました」。震災から5年目を迎えた今年3月、福島県内堀雅雄知事は記者会見でこう発表した。
箭内さんと内堀知事の出会いは、内堀知事がまだ副知事だった時代にさかのぼる。2007年に福島民報社と風とロックが共同で行った新聞広告企画で、箭内さんが「207万人の天才。」というコピーを書いた。207万人は、当時の福島県の人口。その新聞広告を見て関心を持った内堀さんが、箭内さんのライブの楽屋を訪ねていったのが事の始まりだ。
「最初は実は警戒したんですよ。政治と接触するのはロックじゃないってその頃は思っていたから」と箭内さんは当時の心境を振り返る。だが、話し始めてみると福島に対する思いは共通するところが多かった。「福島の人間は発信や自慢がうまくないんです。テレビで『会議で発言しない』のが福島県民の特徴だと紹介されたこともあるくらい。そういうことがもったいないという話を内堀さんとしたんです」。偶然だが、生まれ年もちょうど同じ。会話は盛り上がり、互いに共感を抱いてその後も2人の交流は続いた。
そして2011年。震災によって、福島の抱えるコミュニケーションの課題の質は大きく変わった。「今の一番の課題は、行政と県民の間に溝があることなんです。『どうして県はこれができないの?』『もっと早くやってほしい』といったように、“県が悪くて県民が苦しんでいる”という構図で考えられがちで。でも行政の人は皆本当に頑張っていて、当たり前ですけど、復興を遅らせようなんて人は1人もいないわけです。この構図を変えていかないと、復興が加速しないんです」。
箭内さんのCDとしての役割のひとつは、行政と県民の距離を縮め、「オール福島」として復興に向けて力を出せるようにしていくことだ。「広告の人たちは、自分のイデオロギーをいったん置いておいて仕事をするスタイルに慣れています。だから、中立的な立場で考え方の違う人と人をつなぐことに長けている。こういう課題を解決するのには向いているんです」。
県内と県外双方への
情報発信をディレクションする
CDとしてのもう一つの役割は、県外への情報発信だ。「きれいな包装紙に包まれることで受け手は不信を感じることもある。福島県には光と影がある、と知事は言っているんですが、震災からの4年間でこんなによくなったという部分もあれば、まだここは途中です、という部分ももちろんある。発信する側はついいいことばかり言いがちだけれど、その両方をちゃんと並べて進んでいくことが、コミュニケーションの重要なポイントだと思っています」。
実際の仕事は、入札や採択へのアドバイスや、オリエンやプレゼンへの同席、といった形で落とし込まれている。「僕が案を選ぶのではなく、あくまでそれぞれの案のいい点や懸念点を説明して、担当の人たち自身に選んでもらうようにしています。そして決まった後は広告会社の人たちとプロジェクトを動かしていく。そこまで権限を持たせてもらって、はじめて県の発信全体に一貫した視点を通すことができます」。
県の組織は縦割りになっており、トータルな視点で判断していく人が必要だ。それが知事の役割でもあるのだが、こと専門的な知見が必要とされるコミュニケーションの分野で知事を支えていくのがCDとしての仕事と言えそうだ。実際、部署関係なくあらゆるところから日々相談が寄せられているという。「公式に『箭内が使えるぞ!』ということになったので(笑)、コンペがあるたびに色んな部署の人から相談が来て、なかなかすごい状況です。それだけ、『この案でいいのか』『もっとよくする方法があるんじゃないか』と皆不安に思っていたんですね」。
ちなみに、「CD」という名前は自分でつけた。「どういう名前にしましょうか、と聞かれたんです。それこそ『情報発信スーパーアドバイザー』みたいな案もいただきました。でも、自分のやってきたことともつながっているし、それはCDではないでしょうか、とお話させてもらいました」。
地元の人の声をとことん聞き
ていねいに言葉を選んで伝えていく
CD就任の背景には …