電子書籍では得られない紙の本の魅力のひとつが、手触りや質感だ。ブックジャケットをつけられるのも本ならではの楽しさ。さまざまな質感を持つ竹尾のファインペーパーを使用し、そこに多彩な印刷加工技術を掛けあわせることで、触って感じる新しいブックカバーを提案していく。
離れて見ると何が浮き上がってくる?
一見すると紙の上に銀色のドットがあるだけのデザイン。ところが、少し離れて見ると、あら不思議。隠し絵のように魚が浮かび上がり、左から右へ泳ぐ10匹が見えてくる。錯視を応用したこのブックジャケットをデザインしてくれたのはグラフィックデザイナー/アートディレクターの福田秀之さん。
「フライ・フィッシングが好きで、よくイワナを釣りに渓流へ出かけます。川の中に入って疑似餌に魚が食いつくのを静かに待っていると、一瞬風が止んで水面のさざ波がフラットになるときがあります。すると、陽光に照らされて川底にいる魚たちの影が見えてくる。その清々しい様子を再現しようと試みました。紙は波のような風合いの『マーメイド』であれば企画の主旨とも合うと思い、選びました」。
一辺が1㎜のマス目に水面は丸、魚は四角のドットで配置し、手に持ったときの見え方と離したときの差がちょうどよく見えるようにドットの大きさや位置のバランスを微調整してデザインした。
「平面のものが角度によって立体に見えたり、有機的に動いているかのように見えるビジュアルなど、視覚的な驚きのある表現手法について日頃から模索・実験を重ねています。今回のようなドットの錯視は初めて挑戦しましたが、企画と手法と素材をうまく結びつけることができました」。
印刷加工は銀の箔押しがメイン。水面に映る光の乱反射と魚の鱗も表現している。マーメイドに銀の箔押しをすること自体があまりなく、テストケースとして価値のある機会となった。「ファインペーパーの良さはやはりテクスチャーと色。印刷では出せない微妙な色あいや肌触りに魅力を感じます。『マーメイド』のように多彩なバリエーションであれば、他の色もいろいろ試してみたくなりますね」。残暑を心地よく過ごす涼しいブックデザインが完成した。
福田秀之(ふくだ・ひでゆき)
1965年兵庫県生まれ。京都市立芸術大学美術学部デザイン科卒業。
田中一光デザイン室を経て、スタジオ福デを設立。
東京造形大学教授。