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青山デザイン会議

音が生み出す 未来体験

evala×中川裕貴×和田 永

「音楽」や「ライブ」の形が次々と塗り替わり、いま、新たな音の体験が生みだされている。「楽器」というものを解体し、異なる素材を使って再構築する。あるいはライブというものを「聴きにいく」場から、パフォーマンスに「参加する」場に変容させる。または、音楽に「地域」という新しいテーマを掛け合わせ、新たな角度から力を引き出してみる…。音楽は楽器のスキルがなくても楽しめるものになり、音楽家以外にも開放されていく。元々、「音」はとてもプリミティブな表現だ。自分の身体や、自分の身体を使って音を奏で、その場にいる人と共有し、コミュニケーションをはかるためのツールだった。新しい発想やテクノロジーによって音楽やライブがアップデートされたことで、音はふたたび、その原点に立ち返ったようにも見える。

新たな「音」のプレイヤーたちは、音と人の関係をどのようにとらえ、変えようとしているのか。旧式のオープンリールレコーダーやブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンスを行う和田永さん、舞台やコンサートなど多彩な場で独創的なサウンドデザインを展開するevalaさん、実験的ライブパフォーマンスやフィールドレコーディング、「音楽を鑑賞する」をテーマにワークショップなどを行う中川裕貴さんの3名にお話しいただく。

音の表現のインスピレーションは
どこから来る?

和田 音楽と美術領域の間で仕事をしていると見られることが多いですが、自分自身ではあまり区別していないんです。一番知られているのは、古いオープンリールのテープレコーダーを使って演奏する「オープンリールアンサンブル」や、ブラウン管テレビを楽器にするソロパフォーマンスだと思います。体験や音楽と風景が結びついて、一体化したものを作っている感覚です。昨年からは美術の展示作品を作ったり、今年に入ってからは墨田区を拠点に、「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」という変わった名前のプロジェクトも行っています。地域の人々に不要になった古い家電を持ってきてもらって、それで楽器をつくり、参加者みんなで合奏するというお祭りを目指しています。

evala 僕は広義の音楽家ですが、CDをつくってライブをしてという従来の形から、今は美術館でサウンド・インスタレーションを発表したり、楽曲プロデュースなどのスタジオワークのほか、舞台や広告など他のジャンルの人とのテクノロジーを用いたコラボレーションも増えています。

中川 僕はチェロ奏者なんですが、楽器を使った演奏にこだわっています。演奏は「音を使って音楽を現実化する行為」だと思っています。自分が身体を使って楽器を触ることで音が出て、それが音楽になる。その過程が面白いと思うし、好きなんです。

和田 僕がモノを作る時は、いつも機材との対話から始めます。役割を終えた機械をいじっていると、便利・不便を超えた面白さが見つかる。それでしか出せない音響効果が見つかったり、知的好奇心がうずく瞬間があるんです。そこから始まって、どう使えるか考えていると、知らない国の人たちがブラウン管で合奏しているようなイメージがわっと浮かぶ瞬間があって。それを実現するために自分でやっているようなところがあります。さっき風景と言ったのはそんなことでもあって。

evala 一言で言うなら、僕は音おん色しょくオタクですね。昔から音色が大好きで、市販のマイクでは得られない音を録るために自分でマイクから作ったりします。例えば、一見華やかな表参道でも、マンホールの中にマイクを突っ込むとすごく絶望的な音が響く別世界が広がっている…(笑)。そういったマイクロフォンを通して音で見れる世界がすごく好きなんです。スピーカーを多数使った立体音響作品もつくっていますが、音色とは、突き詰めるとつまり空間なんです。今年の3月まで1年半ほどICCで展示していた「大きな耳をもったキツネ」は、完全暗転の闇の中に一人ずつ座って体験する音だけの映画のような作品だけど、音を追求したら、造形が全くなくなっちゃったんです。

中川 僕の場合、お2人とちょっと違うのは、人と人が出会うところに興味があって。例えば屋外でコンサートを開催すると想定した時に、観客の中にノイズになるような人をわざと入れておいて、もちろん普通のお客さんもいて、たまたまそこを通りがかる人もいる。そうした、1つのコンサートで起こる出来事すべてを演劇的に体験してもらえるような仕組みを考えていたりします。それから、美しいメロディーにあえて全然違う言葉の説明をつけたり。すると音楽はどう聴こえるのか。それに対して人がどう反応するのかに興味があるんです。音楽からその音楽についての「説明」がだんだん乖離していった時に「音楽=美しい」といったようなところから、ちょっと別のところに持っていけないだろうかという、言葉を使って音楽の別の可能性を見つける実験です。そう言いつつ、実際には台無しにする可能性もありますけど(笑)。

和田 言葉も音ですけど、歌詞とはまた違ったものが介入してくるということですよね? そこにどう引っ張られてしまうのか。

中川 引っ張られたり、結局音楽の美しさが勝ったり。音が何かしらの規則や形を持つことでなる「音楽」というものに対して何ができるのか、挑戦したいんですね。

和田 音楽って、ある形式をどんどん組み立ててきた側面があると思うんですけど、その形式がどういう風に崩れるかというのは、面白いですね。

中川 まさにそれをやりたいんです。

evala 言葉という音でそれをやろうとしているところが、すごく挑戦的ですよね。舞台音楽を作っている時に「音楽だけ別の世界を進行してみる」とかいろんな実験をするんだけど、音楽は空間の支配力が強いから、ステージでは結局何をやっても音楽が勝ってしまい、その色にすべてを染めてしまう。だから、音色としての声じゃなくて、ノイズとして言語を入れるというのは、面白い。

中川 ダンスと音楽の関係もすごく難しいですよね。音がダンスのイメージを上からベタ塗りしてしまう感覚があって。

evala 映像でも、すごくコミカルな絵に対して情感たっぷりの音をつけると、世界がまったく変わってしまいます。あの支配力はハンパないなと思う。映像が空間で、音楽が時間、と思われがちだけど、全く逆ですよね。どんな空間にしたいかを考えれば音が決まる。せっかく絵が新しくて面白いことやっているのに、音がリニアなBGM思考だから、結果ありがちなものにしかなってない残念なケースがよくあります。映像のサウンドデザインにおいては、絵の時間に空間を与える作曲こそが面白いんです。

五感の中の「音」
視覚と聴覚の関わり

和田 僕、evalaさんの作品「acousic bend」にはテクスチャーを感じたんです。ザラザラした感じやピチピチした感じなど、音が触感のように伝わってくる。それって結構本質的なことだなと思っています。僕も、音と何か別のものとの結びつきを、お2人とは違う角度から探っています。音というものは、ある瞬間丸みを帯びたり尖ったり、そうした手触りみたいなものとシンクロしているんじゃないかとか。この間、換気扇を楽器にしてみたんです。後ろから光を当てて回すと、羽の回転で光がさえぎられて点滅する。つまり0・1・0・1で回転するパルス波になって、光が1秒間に440回遮られたら“ラ”のピッチになる。そういう実験をしているうちに、換気扇に隠された音色があることを発見する。そういうことが面白くてたまらないんです。意外と、いろんな感覚が本質的には振動というものに行きつくのではないか。そう考えると、空間で音をデザインしていくのは重要なことだなと思います。レコードも音を溝で刻むもの。振動が形を作るという本質がレコードプレーヤーにも宿っているんだと感じます。そういう自然の原理にアクセスする装置としても、アナログなものは面白いですね。そこに最新のテクノロジーを足して、プリミティブな視点を加えるとどういう演奏が生まれるのかを楽しんでやっています。

evala 和田くんの作品は、換気扇もそうだけど、本来つながらないものをつなげて、それを楽器にしている。音と光が伝言ゲームをしているような、ある種共感覚的なものだよね。

和田 低い周波数と高い周波数では、手で触った時に振動が違うんです。そうやって振動で世界を捉え始めると面白いです。音が丸いとか尖っているという表現をすることがあると思うのですが、結構クレージーだなと思っていて(笑)、でもそれは五感的に振動を捉えたり伝えたりしていることなんだなあと思います。「音」とも言えるけど、「体験」と考える方が本当にやっていることに近い。要はフェチなんですよね、この3人って(笑)。

中川 それで言うなら、僕はたぶん脳フェチですね(笑)。音楽と並行して言葉を与えることで、聴いている人の頭にまた別の景色をイメージさせたいんです。学生時代に聴覚の情景分析に関する研究をしていたのでお2人が言っていることにすごく共感します。人には、話している声だけで、男性か女性か、大人なのか子どもなのか、もっと言えば、太った人なのか痩せた人なのか判別する能力が生得的に備わっているという説があります。evalaさんや和田さんの作品を見た時は …

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