サン・アド50 周年を記念して開かれた「Orange! サン・アド創立50 周年記念展覧会」の会場で、3 夜連続のトークショーが開かれた。1 夜目のテーマは、写真家の上田義彦さんとサン・アド アートディレクター 葛西薫さんによる「光、形、言葉、なにやらかにやら」。サントリーウーロン茶の広告をはじめ数多くの仕事を一緒にしてきた2 人は、共に何を見て、感じてきたのか。
初めての広告写真
葛西 ▶上田さんとはウーロン茶の広告を筆頭にたくさんの仕事を一緒にしてきました。公の場で話すのは今日が初めてですね。
上田 ▶僕は葛西さんと出会っていなかったら、広告をやってなかったと思います。僕のポートレートのシリーズを見て、広告の写真を撮りませんかと最初に声をかけてくれたのが葛西さんだったんです。
葛西 ▶上田さんの展覧会に初めて行ったとき、それまで“ ポートレート” に持っていたイメージが崩れました。それまで写真というものは、光の方向があって、コントラストがあって、人物には立体感があって、画面に奥行きもあって…というものだと思っていた。ところが上田さんの写真は、グレーというか、銀色が中心にあり、光がどこにあるのかよくわからなかったんです。いつかチャンスがあったら、このような人と広告の仕事がしてみたいと思ったんです。
上田 ▶最初の仕事は、サントリーウイスキーの新聞広告でしたね。
葛西 ▶ドイツ文学者の高橋義孝さんに出ていただいて。ご自宅で高橋さんのデスクの回転いすを少しずらしたら激怒されてね(笑)。
上田 ▶すべてのものを動かすべからずと言われていたのに、葛西さんが動かしちゃったんですよ。
葛西 ▶まだ若かったから、縮こまってましたね(笑)。そのときの写真に感激し、それ以来、仕事のアイデアを考えるときに「これを上田さんだったらどう撮るだろう?」と考えるようになりました。上田さんを通じて、僕の写真に対する思いがものすごく変わったと思う。上田さんがあるとき「光で一番きれいなのは、水の底なんですよ」と言ったこともよく覚えている。
上田 ▶それもウイスキーの撮影のときですね。自分の中であるとき発見したんです。水の底の光には方向性がない。けれど、何か中心のようなものはある。光の奥の、そのまた奥の奥というか…コントラストとはまた違う、光の重なりですね。ストロボのような強い光とは反対側にある美しさ。それを見つけて、一人で興奮したんです。それをスタジオで再現できないかといろいろ実験をしていました。空間の中で自由自在にしている光というのかな…あくまでものの考え方ですけど。
葛西 ▶「光は直進するもの」「光は当てるもの」というけれど、上田さんの写真を見ていると、被写体が発しているものを上田さんが吸い取って、それを印画紙に焼き付けている感じがする。昔、そんな言葉を上田さんが特集された本に、寄せさせてもらいました。
見えないことを想像する力
上田 ▶葛西さんの展示に僕が書いたこともありましたね。
葛西 ▶僕からお願いしたんです。そのとき上田さんは「葛西薫は原始人である」から始まり、「自分でいいと思ったことをわしづかみにする」というようなことを書いてくれたんです。そのワイルドな書き方が、自分が決してワイルドだと思っていなかったから嬉しくて。
上田 ▶僕はずっとそう思ってましたけどね。葛西さんは、羊の皮をかぶった何とやらだと…(笑)。
葛西 ▶何かアイデアの入り口が見えた瞬間ってありますよね。もがいて、やっと何やらしっぽのようなものを捕まえたとき。そうなると、ずるずるっと手元に引き寄せたくなっちゃうんですね。それで、言うことを聞かなくなる(笑)。
上田 ▶続きが見たくなるんですよね。ウーロン茶の仕事も、その連続だったんじゃないですか。モデルを探したり、撮影場所を探したりする中で育てられた嗅覚や、見えないことを想像する力は、自分にとってすごく大きいです。常に想像しながらさまよっていたような覚えがあります。
葛西 ▶モデルのオーディションをしていると、上田さんはすーっと、この子しかいないと断言する。それが不思議で。上田さんには確信があるんです。ちょっとの違いなのに、上田さんにとっては大きな違いがある。あれは何だろう。
上田 ▶僕はそれを説明する言葉は持ってないけれど、ただ…その人を見ているとどんどん想像できる。尽きない、というんですかね。顔でも姿でもなくて、その人をずっと見続けることができる、というような。
葛西 ▶正対してくれる人というのか、斜めを向かずに正面から向き合ってくれる人はいいな、と僕も思います。
上田 ▶皆若い人だから、経験もそんなにないはずなんだけど、それでもまっすぐ向き合ってくれる人を選んできたんじゃないのかな。男も女も。
葛西 ▶よく今でもウーロン茶の「母と娘」篇の撮影を思い出します。あれは上田さんが初めて演出をしたCMで、撮る前に、ディレクターとして母親役のモデルに説明をしていたんです。「一生懸命洗濯してください。今日という日の洗濯と、昨日という日の洗濯は違いますから、今日は今日しかないという気持ちで」って。一見同じことを繰り返しているようでも、今日この日は2度とやってこないかけがえのない時間なんですよ、ということを説明していたんです。そうしたら、本番の洗濯が素晴らしくて。上田さんの言葉がそうさせたと思います。
上田 ▶今どきの人が洗濯板でごしごしできるかな?と思ったけど、袖をまくり上げて、がっがっとやっているのを見て、本当に綺麗だと思った。あのときは感動しました。
表現すること全部が仕事
葛西 ▶ウーロン茶と言えば、もう一人欠かせない人がいる。コピーライターの安藤隆さんです。いつも3 人で喧々諤々で作ってきました。安藤さんのコピーのつけ方がまた面白い。上がってきた写真に「サのつくウーロン茶? ウフフ」なんてつけるんだから。写真なんて見てないよってくらいの。
上田 ▶できあがったものを見ると、うなるしかない。今思うと、ウーロン茶の仕事は宝物をいただいたんだなって思います。もう2 度とできないような仕事を、ある時期、ちゃんと、精一杯やらせていただいた。これまでの広告を見て、つくづく思います。
葛西 ▶サン・アドって嬉しいことにデザイン会社じゃなくて、デザイナーもコピーライターも写真家も、演出家もいる。ある人は小説も書いていたり。つまり、表現すること全部が仕事だと思っている人たちの集まりで、ひとつの社会がそこにあると感じます。僕はデザインをデザイナーから学んだ記憶はあまりなくて、ある時は写真家と仕事することでデザインのことを知ったり、コピーライターと仕事をするほどデザインのことがわかったり。
上田 ▶サン・アドは社内で垣根を作らない印象がありますよね。たまたま写真をやっているし、たまたまコピーを書いている。ここは俺の仕事じゃないからというんじゃなくて、他の職種の人でも、そんな風に考えるんだ、それいただき!みたいな空気がある。そういう関係でいれば、これからも面白いことがたくさん起こりそうですね。
INFORMATION
¥1,600(税別)好評発売中
もう一つの
サン・アド50周年プロジェクト!
ブレーン別冊『そこは表現の学校のような場所でした』
(伊藤総研責任編集+月刊ブレーン+サン・アド50周年実行委員会)
サン・アドの表現の考え方、作り方を、サン・アドの現役クリエイターらが自ら語り下ろし、伝える本ができました。
「デザイン」「コピー」「写真」「文字」「色」「物語」「質感」「現場」「演出」「エロス」など、11のテーマを収録。
登場する方々:
細谷巖、高井薫、一倉宏、岩崎亜矢、葛西薫、ホンマタカシ、前田知巳、安藤隆 ほか