水無田気流「無頼化した女たち」
(亜紀書房)
本のカバーにピンクの文字で描かれているのは、タイトルと著者名。しかし、その文字は三角面で分割され、見た瞬間に読むことができない。こんな挑戦的なデザインを採用したのは、詩人、社会学者として活動する水無田気流さんの新作「無頼化した女たち」だ。
デザインを手がけた寄藤文平さんは、この本が持つ先進性と“無頼化”という普段聞きなれない言葉をどう表現すべきかを考えたという。さらに、「日本女性の“やさぐれた”現実を分析した本ゆえに、キラキラした“女子的”な印象を残したい」と思い、このデザインで活用したのがカメラアプリだ。写真から三角ポリゴン画像をつくり出す「アートカメラ TRIGRAFF」を使い、タイトル文字を撮影。その文字をPCに取り込み、あらためてトレースしたものが、カバーに使ったタイトルだ。「こういうモザイクは自分でつくろうと思うと、逆に難しい。アプリが生成する偶然性に任せました」。背景も白い紙の陰影を同アプリで撮影したものを加工。光沢感の高い紙プレミアムステージを使用し、ポリゴン画像らしい水晶のようなキラキラした感じを強調している。
ハンサムケンヤ「アムネジア」
(ビクターエンターテインメント)
京都在住のアーティスト ハンサムケンヤの新作「アムネジア」のジャケットは、彼の顔を埋め尽くすカラフルな文字が目を引く。「アムネジアは医学用語で記憶喪失という意味。このタイトルから全体のイメージを考えていきました」と話すのは、デザインを手がけた木村豊さん。
「アムネジア」という言葉から木村さんが思い浮かべたのは、クリストファー・ノーラン監督の映画『メメント』。10分間しか記憶が保てない主人公は、大事なことを自分の体に刺青として彫り込む。このシーンが発想のもととなり、「身体中に歌詞が描いてある」ビジュアルを企画した。「最近は店頭よりネットで見たときに目に留まるデザインも意識しています」。
撮影は木村さんのオフィスで。白いシャツを着たハンサムケンヤに、色をつけた手描きの歌詞をプロジェクターで直接投射。その様子を写真家 梅川良満さんが撮影した。「その名の通り“ハンサム”な彼をこの企画でちょっと茶化したいという気持ちもありました。でも、こんな風にしても、やっぱりカッコいいんです」というように、彼の存在感がしっかり伝わる写真が仕上がった。
ランチボックス、紙袋ほか
(AND THE FRIET)
昨年12月、東京・広尾商店街にオープンした「AND THE FRIET(アンド・ザ・フリット)」は、フレンチフライ専門店。本場ベルギーのポテトや、全国から季節に合わせて厳選したポテトを、多種多用なトッピング、ディップ、パウダーなどと一緒に楽しめる。
ポテトだけではなく、お店で提供されるツールもまた楽しい。ボックスやカップのスリーブ、紙袋やビニール袋など、あらゆるツールに描かれているのは、ベルギー人一家の顔。しかも、それぞれの表面には正面から見た顔が、裏面には後頭部が、独特のタッチで描かれている。さらに裏面ではロゴも反転しているという凝りようで、それに気づくとまた楽しくなる。
同店のロゴやツールなどグラフィック全般のディレクションを手がけたのは平林奈緒美さん。独自のタッチが際立つイラストは、ドイツ在住のイラストレーターAnje Jagerさんにお願いした。パッケージに“外国人の一家”を描くというアイデアは、同店のオーナーで、音楽レーベルを運営する小野澤健次さんやスタッフと打ち合わせを重ねる中で出てきた。「最近、パッケージやツールはシンプルに、そつなくキレイにつくるお店が増えています。でも、ここが扱う素材はお芋。そして広尾近辺に住む外国人がターゲット。さらに小野澤さんのユニークなキャラクターもこのお店らしさだなと思い、シンプルよりもむしろキャッチーで楽しいデザインが合っているのではないか。それがいつかお店のアイデンティティにもつながるのでは、と思いました」。
「どうせならフレンチフライの本場ベルギーの家族の顔がいい」という平林さんのリクエストに応え、小野澤さんは音楽レーベルでつながりのあるベルギー人アーティストに「ベルギー人の一家と犬」の顔写真の撮影を依頼。その写真をもとにイラストは描かれた。平林さんはツールのサイズに合わせて、一人ひとりの顔や家族全員の顔を配置した。
パッケージはどれも基本的に有りものの素材を使用。家族4人の顔が描かれたランチボックスのみオリジナルで制作した。ラフな雰囲気を意識し、薄手の白い段ボール紙を使っている。ボックスの横には「HAVE A NICE DAY!」というメッセージも。「あれ、こんなところにメッセージが...と気づいて、クスッと笑ってもらえたらうれしいですね」。
同店はオープン以来、行列ができる日が続いているが、このベルギー人一家に会いたい人は、ぜひ足を運んでほしい。
サンドイッチ米
(SANDWICH)
京都・伏見にある旧サンドイッチ工場をリノベーションして生まれた、創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」が販売しているお米「サンドイッチ米」は、その名の通りサンドイッチ形のパッケージに収められている。
これは、所属するスタッフの実家が滋賀県湖北地方、琵琶湖国定公園の中にある余呉湖の湖畔で栽培しているお米だ。当初、社内食として食べていたところ、好評だったことから「SANDWICHがつくるお米」として、UMA / design farm 原田祐馬さんにパッケージを依頼。プロダクトとして販売を開始した。「その名の通り、現状の一般的なサンドイッチパッケージを元にデザインしました。素材は米袋を参考にし、裏面にはPP加工を施し、湿気などお米によくない環境を考慮しています」(原田さん)。SANDWICHが内装を手がけたカフェとの企画で、同様のパッケージの「サンドイッチ珈琲」も発売した。
これまでにミュージアムショップやデザイン関連イベント、展覧会などで販売。これをきっかけとして、SANDWICHの活動を知ってもらえる機会も増えたそうだ。
虎ノ門ヒルズ
今年6月に開業予定の虎ノ門ヒルズは、地上52階建て、高さ247mの超高層複合タワー。建物の下には環状2号線が走り、東京都の推進する国際戦略総合特区に位置することから、国際ビジネスの拠点として期待されている。「最初のオリエンを聞いたとき、このデザインを思いつき、ノートにメモしました」と話すのは、アートディレクター 池田泰幸さん。オリエン後、さまざまなデザインを考えたが、最初に思いついた案をブラッシュアップして提案したところ、見事に採用となった。
「今後さまざまな情報が行き交う出入口になる」ことをイメージしたロゴは、実にシンプルだ。4本の線だけで構成され、虎ノ門の「門」がモチーフ。「奇をてらうものではなく、洗練されていながらも堂々とした顔つきにしたい」と思い、正方形で全体の形をつくることにした。その中で、バランスのいい線の太さを検証した。ロゴに寄り添う英文字はトレードゴシックのコンデンスを細めに調整して使用している。
現在、池田さんはロゴと関連するサイングラフィックも進めている。開業後はロゴを使ったさまざまなツールも展開される。