「なんでだろう」から始まるグラフィックデザイン
私の母はイギリス人、父はスリランカ人で、名古屋にあった当時の実家は、さまざまな文化が入り交じった資料館のような空間でした。母は英字新聞社の美術記者として働いていて、私の部屋は母の書斎も兼ねていました。
これは伊藤銀次というミュージシャンの『BABY BLUE』というレコードジャケットで、横尾忠則さんが絵を描いています。中学2年生の頃、兄が買ってきたのですが、「ヨコオタダノリがグラフィックデザインした」という言葉をすごく覚えていて、このときが「横尾忠則」という名前や「グラフィックデザイン」を意識した最初の体験だと思います。それ以来気に入って、僕が上京するときにこっそりと荷物に入れ、いままでずっと持っていて部屋に飾っています。
印象的だったのは、文字や絵、その色や形、そして筆さばきがすべて一緒くたになって、それぞれが不可欠なものとして成立しているということ。文字と絵が別個のものとして存在していたり、文字が明確に読めるかどうかが強く意識されていたりするのではなく、それらがすべて一緒のものになっている。これがグラフィックデザインだ、というこの感覚は、いま自分がデザインをするときでも外せない感覚です。