昨年から、にわかに日本でも注目を集め始めたFinTech(フィンテック)。その広がりは、決して金融業界に閉じた話ではなく、日本人の意識や消費行動にも大きな影響を与える可能性があります。フィンテックと消費行動、さらにマーケティングのかかわり、その未来を議論していきます。
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野村 敦子氏(日本総合研究所 調査部・主任研究員)、
瀧 俊雄氏(マネーフォワード 取締役/ FinTech研究所長)、
森永 賢治氏(アサツー ディ・ケイストラテジック・プランニング本部長)、
丸山 弘毅氏(インフキュリオン 代表取締役/ FinTech協会理事)、
藤野 宙志氏(グッドウェイ 代表取締役社長)
スマホの普及が浸透のフックに
―皆さんとフィンテックとのかかわりから、お聞かせいただけますか。
森永:アサツー ディ・ケイ(ADK)は総合広告会社ですが、売上全体において金融カテゴリのシェアが大きく、「金融に強い広告会社」と言えると思います。私自身は16年前にADKが会社として金融に力を入れようと、立ち上げた金融専門のカテゴリチームに発足から関わってきました。金融業界のマーケティングには独自性がありますし、また消費者のお金に対する意識や価値観は捉えづらいだけに、面白さを感じてきました。現在は昨年から急きょ、話題に上るようになったフィンテックが、お金に対する消費者の価値観をどう変えるのか、というテーマに関心を持っています。まさに今、新たなコミュニケーションの提案をしているところです。
野村:私は日本総合研究所(日本総研)の調査部に所属しており、主に外部に対する情報提供の仕事を担当しています。日本総研が三井住友フィナンシャルグループのシンクタンクであり、かつ私自身が調査部で長くIT関連を専門にしてきたこともあって、金融とITが融合したフィンテックは個人的にも大変、関心をもって取り組んでいるテーマです。
瀧:マネーフォワードは家計簿と会計ソフトをつくっている会社ですが、金融そのものではなく金融データを扱っている点に特徴があります。この流れの中で、フィンテックというテーマは重要であり、今年の7月にはFintech研究所も立ち上げました。昨年までは「フィンテック」という言葉自体、日本には浸透していませんでしたが、最近になって金融庁が政策アジェンダに組み込んだこともあり、言葉だけが先走りしないように、きちんとした発信者が必要という思いで始めました。最近、スマホの浸透で一般の方の中にも当社の家計簿ソフトの認知、利用が高まっており、スマホとフィンテックのかかわりにも強い関心を持っています。
藤野:私は長く、金融業界で特にITを中心とする新サービスの企画立案やシステム導入を手がけてきた経験から、金融業界内で新しい事業を始めようとしている人を支援するような情報が提供できればと思い、起業しました。現在は金融とITをテーマにした情報ポータルサイトを運営する他、金融、IT企業の様々なイベントのネット配信や企画・運営などを行っています。
丸山: 私は仲間と起業をし、スマホを使ったクレジット決済や口座振替設定をペーパーレスで行う仕組みに取り組んでいます。さらに最近はフィンテック・ベンチャーを中心にエコシステムを活性化する目的で、フィンテック協会を立ち上げました。フィンテックはあらゆる業態の企業に関わるテーマです。異業種の方にも入っていただくことで、オープンに議論する場を提供できればと考えています。
“言葉”ができると、市場もできる
丸山:そもそもフィンテックとは、金融を意味するファイナンスの「Fin」と、テクノロジーの「Tech」とが融合した考え方です。海外ではすでに盛り上がり、新しいサービスが次々に生まれてきている状況でしたが、昨年から日本でも官民一体となって普及を推進する流れが出てきたことで脚光を集めるようになりました。
瀧:浸透の背景には2つの変化があります。一つが消費者側の変化で、スマホの浸透が、大きなきっかけになっています。もう一つがサービス提供者側の環境変化。今から15年ほど前まではオンラインで提供する新サービスを生み出せるのは、高度な専門知識を持ったエンジニアに限られていましたが最近では、それほど経験を重ねていなくても、サービスを実用化できる環境が急速に整ってきました。
野村:欧米で日本より先んじてフィンテックが盛り上がった背景には、それまで金融機関が消費者の求めるきめ細かなサービスを提供しきれていなかったこともあります。その点では日本の金融機関はATMなどで優れたサービスを提供してきたので、消費者の不満も欧米ほど顕在化しなかったという見方もできるでしょう。しかしながら、日本の金融機関は1960年頃からITを導入してきましたが、それによって消費者にとって真に魅力的なサービスが提供できているかと言えば、まだまだ改善の余地もある。そこにフィンテックの可能性があると思います。
森永:社会的に金融とITの融合が進み、消費者も新しいサービスを違和感なく受け入れて活用しています。その上、金融機関の内部でも新しいものを生み出そうという動きが起きている。そこにフィンテックという概念が登場したことで、確実に流れが変わった気がしています。広告の世界ではよくあることですが、言葉が生まれると概念が明確化して市場ができる。そういうことだと思います。
―フィンテックの浸透で実現する社会とはどのようなものでしょうか。
丸山:実現することの一つに、キャッシュレス社会があります。各々が個人情報をデータ化し、それを集約させることで全体的なお金の流れを可視化することができるようになるのです。しかし、ここに大きなハードルがあります。それは日本人の現金主義の価値観です。お金に触れないと支払った気がしない、と感じる方が多くいらっしゃるのです。
野村:日本で現金主義が根強いのは、不安感があるからと思います。この辺りの不安感をどう、払しょくできるかがフィンテック浸透のポイントになります。
丸山:試しに一度使ってみることで、心理的な抵抗が薄れる傾向はありますよね。SuicaもETCも今、振り返ると「どうして以前はあの場で、財布から現金を出していたのだろう?」と不思議に思うくらいです。一度慣れてしまえばその後は比較的スムーズにいくものではないでしょうか。
瀧:私は、そこではユーザーエクスペリエンスが重要になってくると思いますね。これは、単なる使いやすさの話ではなく、“利用者”目線の驚きや喜び、自分の想像を超えた体験こそがエクスペリエンスと呼ぶにふさわしいのではないか、と。そもそも従来は“提供者”目線で「使う」「貯める」「増やす」に別れていた金融機能が、スマホの登場によって一元化され、直感で操作できるようになってくるなかで、フィンテックの期待の高まりもあります。そこでますますエクスペリエンスが重要になると思います。
コミュニケーションに溶け込む
森永:金融の世界では最近、個人が多くの選択肢を前に悩まなくてもいい環境になりつつあります。例えば、あえてお金を貯めようとしなくても、資金が自動的に投資信託に回されるサービスまで出てきました。これまでは生活と決済、投資というものが切り離されて存在していましたが、生活習慣やコミュニケーションに金融サービスが乗ってくるイメージですね。例えば、友人とスマホでやり取りしている時に「そういえばこの前のお金、返してね」という話が出るかもしれない。そこで「じゃあ、今から送るね」とスタンプでポンと金額を押したら相手に届く…ということも、近い将来、日本でも実現します。これは、もう“決済”の感覚ではないですよね。私はそういう感覚こそ画期的であり、ライフスタイルそのものを一変させる可能性を感じます。
藤野:コミュニケーションに金融サービスが乗ってくるという話には、私も共感します。例えば、うちの子供は定期券を持って通学しているのですが、朝、出掛ける間際になって、突然「定期が切れそうだから、一万円ちょうだい」とか言ってくるわけです。そういう時に限って、財布の中にお金がなかったりする。これでは面倒ですよね。これが個人間で電子マネーを送り合える状況になれば、一変します。わが家では家族同士、LINEアプリでやりとりをしていますから、お金が必要な時にメッセージをもらえれば、私はそれを見た瞬間に、必要額をチャージしてあげられます。その返信に感謝のニコニコスタンプが返ってきたとしたら、嬉しいと思いませんか?そういう日々の面倒な部分をコミュニケーションの中で解決してくれるものが、フィンテックのエンドユーザー・イメージに近いと思います。
―フィンテックはあらゆる業種業態の企業に関わってくることだと感じます。
丸山:当社は、よくIoT関連でフィンテックについての相談を受けるのですが、いまこの領域に注目しているのは自動車業界や家電などのメーカーさんです。すでに実装されている例ですが、自動車の走行距離がセンサー・データになって保険料が決まるモデルも生まれています。家電でも同様のことが始まっていて、製品を買って所有するのではなく、リーススタイルで使ったぶんだけ支払うという形も登場しています。こうした新しいサービスのスタイルの実現を助けているのも、新しい課金システムです。
藤野:とても共感できるお話ですね。シェアリング・エコノミーという言葉がありますが、自動車や住宅、電力システムなど、今まで固定資産として所有していたものが、だんだん皆でシェアするという流れに変わってきています。その時にフォーカスされるのは、真に価値のある体験やサービスそのものです。金融とITが融合したフィンテックは、ガスや電気、水道と同じ社会インフラです。そういう認識を持てば、実はあらゆる事業領域の企業に参入できるチャンスがあるのです。私はそれこそがフィンテックの本質的なビックバンなのではないかと思っています。
野村:そうですね。これからは、どの業種でも単なる「モノづくり」だけで終わっていてはいけない。いかに「コトづくり」に結び付けていくのかが大きな課題になっています。そこを解決するテクノロジーの一つがITであって、そのITを武器に今まさに広がりを見せているのがフィンテックだと位置づけられのではないでしょうか。これまで日本の企業は最先端技術こそ、つくり出してきましたが、それを使い勝手のいいものに変えるデザイン力の話になると、不十分だったと言わざるをえません。消費者の生活をデザインする力。それこそが今後のキーワードだと思います。
―最後にディスカッションを終えての感想をお聞かせください。
野村:2020年には東京オリンピックが開催され、海外からあらゆる国の人々がやってきます。その時に彼らが欲しいサービスを適切な形で提供しつつ、ストレスのない決済を実現するにはどうすればいいのか?フィンテックというテーマは、今後の東京および日本全体のあるべき姿を考える上で、欠かせないものになると思います。
藤野:今は大企業であろうとベンチャーであろうと、強い思いを持って何かを実現させようとする人が組織を動かす時代です。そういう人たちが日本でも今、SNSなどでつながり始めているところに、かつてのシリコンバレー的なムーブメントが現れ始めていると感じます。あらゆる業態、規模の企業に門戸が開かれているという意味では今、私たちは四半世紀ぶりのビッグチャンスを迎えつつあると思います。そして今後フィンテックがもたらすマインドリセットは、日本人にとって大きなインパクトを与えるはずです。
丸山:フィンテックには多様なサービスの形がありますが、その中で私たちが目指しているのは、真のキャッシュレス社会の実現です。多くの人間が情報をアップロードすればするほど、しっかりとしたデータが集まるんですね。より多くのデータが集まると同時に、データの価値そのものが上がる。そうすると他のフィンテック産業が伸びて相乗効果が出てくる。つまり様々な業界が一緒に伸びていくことになるんです。
森永:丸山さんが話すように、多くの人が情報をアップロードするようになれば、これまで金銭的価値では換算できなかったものが次々と換算できるようになっていくと思います。先ほどの安全なドライブをしている人ほど保険料が安くなる例がそうですが、個人の行動や振る舞いそのものに価値が生じてお金を生む社会になっていく。つまり、今までは評判だとか行動、感謝みたいなものはお金の価値に換算できなかったけれど、これからは換算できるようになってくる。そこが凄いことだと思いますね。
丸山:SNSが登場して以降、周囲からの評判が可視化される環境が生まれていますよね。森永さんが言うように、フィンテックが浸透することで、さらに評判とか周りの信用価値を上げていくことが非常に重要になってくると思います。
森永:これまで金融のマーケティングを通じて、お金に対する人々の価値観に人生観を表すような、壮大さを感じていましたが、今回のディスカッションを通じて、その思いを改めて強く持ちました。またフィンテックの浸透に際しては、クリエイティブやコミュニケーションデザインといったテクノロジーだけではない要素が重要なのだと感じました。
編集協力
アサツー ディ・ケイ