データに注目が集まる今、広告の形はどう変わっていくのか?広告が捉えるべき「欲望」はどこにあるのか?作家で思想家の東浩紀氏が、「広告」というテーマに切り込んだ。東氏がプロデュースする東京・五反田の「ゲンロンカフェ」にて、電通の菅野薫氏、廣田周作氏と4時間におよんで縦横に語り合ったトークショーのダイジェストを届ける。
データは「誰かの生きていた痕跡」
廣田▶ 東さんとは、2008年の「ゼロアカ道場」(東氏が参加した講談社の新人批評家育成プログラム)で出会って以来のご縁です。僕は今、電通内でソーシャルリスニングを元に、企業のデジタル領域の戦略策定やソーシャルメディアの活用コンサルティングをしています。別の言い方をすれば、ネット上に分散している様々な欲求に「意外なつながり」を作るのが仕事です。
東▶ 「意外なつながり」というのは、どういうことですか?
廣田▶ 例えば、あるコンシューマーゲーム機の発売キャンペーンで、ネットワーク解析をしたところ、公式アカウントの周辺に2ちゃんユーザーやハードコアなゲームファンが集まって、公式の発言を揶揄するという構造になっていました。バズは起こってはいるけれど、周辺にいる多数の潜在ユーザーを巻き込めていない状況だったんです。
東▶ なるほど。
廣田▶ そこで、この口コミの構造を変えようと、あるコピーを投入しました。テレビCMでこのコピーを前面に打ち出したところ、一般の人たちが面白がって自分の書き込みで使ってくれるようになったんです。その結果、多数のライトユーザーが口コミの構造の中心になだれ込んできて、一般ユーザーが中心の構造に変わったんです。
菅野▶ 廣田も自分もデータを活用しているという点では同じですが、アプローチは全く違います。僕は、データのバックグラウンドにどういうコンテクストがあるのかを考えて、表現として形にしていくことが多いです。
東▶ 菅野さんの作った映像を見ると、感情の込もっていないデータというものに …