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カンヌライオンズから読み解くPR潮流

オーソドックス・ウェイを再評価? カンヌライオンズ受賞5作品を徹底分析

井口理(電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局 局長)

今年のPR部門は非常にシンプルなアイデアが多く光った。2012年に審査員を務めた井口理氏が受賞作から傾向を分析する。

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(1)Art Institute Of Chicago「Van Gogh BNB」 
PR部門ゴールド受賞。ゴッホの「The Bedroom」をリアルに再現し、実際のホテルとして提供するというアイデア。Airbnbでレンタルさせる、という見せ方がトレンドに乗っていて秀逸。 提供/Cannes Lions 2016(以下同)

2016年のPR部門のグランプリに驚いた人も多かったのではないだろうか。その手法は非常にシンプル。我々PRパーソンが汎用する「科学的データを創出し、ファクトとして前面に押し出す」いわばアカデミック・マーケティングのようなものだった。

PR各社は数年前から「PRにもアイデアを」と、こぞってクリエイティブ部門などを創設、またクリエイティブ分野に注力していたが、今年はその揺り戻しとも言える「オーソドックス・ウェイの威力を再評価する」結果となったようだ。

強い注意喚起で購買に誘導

今年のグランプリは、スウェーデンのスーパーマーケット「Coop」のオーガニックフードをプロモーションした「The Organic Effect」。ある家族が2週間にわたって完全なるオーガニック食で生活した結果、農薬(殺虫剤)成分が体からほぼ検出されなくなったというもの。通常の食品だと殺虫剤の有毒成分が体に残ってしまうが、オーガニックフードなら大丈夫、というメッセージを視覚化し、オーガニックフードを積極的に選択させるというキャンペーンだ。

体にどのくらいの影響があるのかを明らかにするための実験はあえて被験者数を広げず、スウェーデンの典型的な家族構成の一家族を対象に行われた。たった一家族だが男女の大人、子ども、そして幼児までも含む複数の年齢層で構成された家族を対象とすることで、各属性で同様の成果が生まれたことを伝える。通常、臨床試験でデータを抽出するときには、ある程度のボリュームで被験者数を用意するのが定石だ。しかし、今回は一家族の2週間を詳細に追うやり方で、その臨床試験をオープンで信頼性あるものとしてうまく生活者に届けた。

国の研究機関と連携しているものの、少ない被験者のデータに対しては疑いの目を向ける者もいるだろう。しかし、文句がつかないほどデータをがっちり固めることに力を注ぐよりも、「確かに2週間、食事を変えたら健康状態は変わるだろうな」という納得感を期待し、あえて生活者に直接、動画を使ってそのプロセスと結果を提示した手法がユニークだ。「こんなデータが明らかになりました!」といった驚きというよりは、「そうなのではないか?」と生活者の中に漠然と存在していた疑念を証明したことで、「やっぱり」と納得させたわけだ。

しかし注目すべきなのはデータよりも、「オーガニック食品の方が体にいいだろう」という緩やかな比較意識から購買へと誘導してきた従来のメッセージを、「オーガニックでないとここまで有害物質が体に蓄積されるんですよ!」という強い注意喚起へと変化させたことだろう。この結果、「~じゃなきゃダメなんだ!」という意識へと変化を促し、それに伴い「購買」という態度変容にまで結びつけている。

このようなメッセージは利害関係が生まれる様々な組織から攻撃を受ける場合もあるが、それを覚悟した上で大きな声を上げたという企業の意思の強さも審査員から共感されたに違いない。また同スーパーが20年来で最高の売上を記録したという成果とともに、スウェーデン全体でのオーガニック食品の売上にも寄与したという現象の広がりがアワードのリザルトとして報告されているが、どちらもPRパーソンが好むポイントでもある。

脱・ソーシャルグッドの流れ

さかのぼれば2012年に私がPR部門の審査員を務めたときの審査委員長、ゲイル・ハイマン氏(ウェーバー・シャンドウィック)が審査後に「PRももっと見せ方を工夫すべき」と述べた反省の一言が始まりだったのかもしれない。PR部門なのに広告会社による受賞が大半で、PR会社がもっと存在感を見せねばという危機感の表れでもあっただろう。

その後、各PR会社は自社内に専門セクションを創設するなど、クリエイティブな施策の提供に努力を続けてきた。そして実際、2013年にゴールドを受賞したDove「Real Beauty Sketches」や2014年グランプリのCHIPOTLE「The Scarecrow」では、それぞれウェーバー・シャンドウィックやエデルマンといったPR会社がエントリーに大きな役割を果たした。2015年はMSLがエントリー会社としてP&Gの生理用品ブランドAlwaysのキャンペーン「#L ikeAGirl」でグランプリを獲得。「PR業界にとってのブレークスルーの年だ」ともてはやされた。

しかし今年、PR部門の受賞84エントリー中、PR会社からのエントリーはわずか5つと大きな後退を余儀なくされている。PRがクリエイティブを駆使してエントリーしてきたものが、一斉に勢いを落としてしまったのは一体なぜなのだろうか。

ひとつの視点として「Cause Fatig ue」という言葉が出てきている。「Cause Related Campaign 疲れ」とでも言おうか。昨今のソーシャルグッドの氾濫には、審査員もへきえきしている感じが読み取れる。

PR部門では当たり前であった「ソーシャルグッド」が2012年ごろから部門を超えて、他部門でも取り沙汰され始めた。そして、これらの活動に対する賞賛の声も少しずつ変化し、ここ数年で「ソーシャル・パーパス(社会課題)」と「ブランド・パーパス(企業ブランドの目的)」とが最終的に合致してこそ意味がある、という見方に変わってきた。すなわち、外部のNPOなどから借りてきたような社会課題に対して、安直に企業の活動を接着して見せるようなエントリーは排除していこうという注意喚起がされているのだ。

さらには、企業が自社の提供できる社会的価値をしっかりと見つめ直し、そこに軸を据えた企業の活動が評価されている。Alwaysの「#LikeAGirl」も、自社で生活者インサイトを読み解き、そこにキャンペーンを設計するというステップが踏まれていた。とはいえ、いまだ安直にソーシャルグッドを目指したエントリーは多く ...

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