下請け企業から届いた告発 暁新聞社会部の本気〈前編〉
暁新聞社会部の杉下祐作のもとに届いた1通の封筒。中には浅津電機株式会社に対する告発文。普段は「そんなもんほっとけ」と言うデスクの長門俊平が珍しく興味を示す。実は長門のもとにも別の企業から同様の告発が届いており、さらに別の2社からも同様の告発が寄せられた。そして1カ月後、杉下たちが動き出す。
広報担当者の事件簿
【あらすじ】
F国で発生したテロに、東雲貿易の社員が巻き込まれた——。広報部長の坂枝和志指揮のもと、メディアからの問い合わせに応じる広報部員たち。しかし、犠牲になった社員の葬儀では、取材を禁止したはずのテレビリポーターが紛れ込んでいて……
何を答えればいいんだ……。社員が殺されたという事実とどう向き合えばいいんだ。自問自答を繰り返す。広報部長の坂枝和志に肩を叩かれて振り向きながら返事はしたものの頭の中は真っ白だった。うちの社員がテロに……。
「こんな時に、マスコミに対応する必要があるんですか」。エレベーターの扉が閉じたとき戸塚は坂枝に迫った。マスコミから尋ねられることは想像できた。それなのに、なぜ坂枝があえて火中の栗を拾うようなことをするのか、戸塚には理解できなかった。何かを言おうとした坂枝だったが、エレベーターが1階に到着したことを告げる電子音が言葉を遮った。
「行くぞ」。その一言だけで、ビル前に向かって坂枝が歩き出す。歩きながら「俺たちは広報なんだ」と前を向いたまま坂枝が言う。《そんなこと分かっているさ│。》坂枝の言葉を聞いた戸塚の眉間に皺が寄ってしまう。だが、今は“広報とは”などと考える余裕はない。目の前に報道カメラの列が待っている。彼らは相手が不幸の底にいたとしても、国民に伝える責務を楯にお構いなしに踏み込んでくる。戸塚は坂枝の背中を追いながら声にならない疑問を投げかけた。
その時、坂枝の携帯が鳴り響いた。社員通用口から外へ出るためドアノブに手を掛けようとしていた坂枝が立ち止まり、スーツの内ポケットから携帯を取り出した。
広報課長の目黒泰治が受話器を置いたとき、常務の白石雅也が顔を歪めながら足早に歩いてきた。社員2人が海外業務に向かった先で、テロの犠牲となったことが確実な状況で落ち着けと言うほうが無理だろう。目黒もマスコミからの電話に「詳しいことは何も分かっていない」と答えるしかなく、現地の状況を把握できないもどかしさで声音が強くなってきていた。
坂枝が報道対応のために1階に降りたと目黒から伝えられた白石は「外務省からの連絡で、牧野、山本の死亡が確認された。坂枝に伝えてくれ」と憔悴した表情で言い置き、踵を返した。後は広報に任せる、と付け加えることを忘れなかった。目黒は坂枝に電話をかけ、白石の言葉をそのまま告げた。
東雲貿易にとって2016年2月27日土曜日は喪に服す日となった。日本時間の早朝にF国鉄道駅で発生した爆発事件で国際部部長の牧野智治、課長の山本道弘が犠牲になったのだ。日本人がテロに遭遇するなどと、考えもしなかったことが現実に起きてしまったという日でもある。
目黒からの電話で、白石の伝言を知らされた坂枝が出口の前に立ち止まり、息を吸い込んだ。
その姿を後ろから見ていた戸塚には、一瞬、坂枝の背中が震えたように見えた。携帯電話を右耳から離した坂枝が「2人の死亡が確認された」と告げてきた。戸塚は、坂枝がそのまま外に出てマスコミに事実を伝えるものとばかり思っていたが、坂枝は通用口のドアノブに掛けた手を放すと、エレベーターへと引き返した。
「戻るぞ」
「マスコミに説明はしなくていいんですか?」「死亡が確認された以上、事実をきちんと把握してから説明する」。
外では、広報部長が説明に来たとばかりに照明が灯され四方に散っていた記者たちが集まりかけていた。坂枝と戸塚がエレベーターのドアが開くのを待っていると …