IDEA AND CREATIVITY
クリエイティブの専門メディア

           

地域の可能性を引き出すクリエイティブ

動画を入口に地域でのリアルな体験を生み出したい

井野英隆(augment5)

日本の各地域で独自に映像制作を進め、発信することで、世界からも注目を集めているaugment5。特に今年1月に公開された秋田県「True North, Akita」は約150カ国からのアクセスを集めるなど反響が大きかった。なぜ、彼らは地域の映像を撮るのか。「僕たちは自分たちが一番見たいものを撮り続けているだけ」と代表の井野英隆さんは言う。

augment5 Inc. 井野英隆(いの・ひでたか)
1983年生まれ。augment5 Inc 代表取締役社長。デジタル領域を中心に多くのプロモーションの企画・制作を手がけながら、主に大企業内の事業コンサルティング、新規事業開発に携わる。近年 augment5 Incで独自に制作を進めていた日本各地域の映像が話題となり、世界的にも高い評価を受け、カンヌ国際映画祭への出展も果たす。

世界に勝ち目があるのは「日本の地域」と気づいた

augment5を創業した2009年当時、僕は映像クリエイターではなくネットコンサルタントとして活動していました。インターネットバブルの影響もあり、学生の頃から20代前半まではネット企業の事業計画立案から実行、改善、収益化までを現場で指揮して、成功したものは売却するという事業モデルの構築に力を入れていたんです。

ただ、その頃にGoogleやAmazonなどの外資系企業の国内市場への参入が激増している状況を見て、日本の中だけで事業を売却していても今後の希望は見いだせないと思うようになりました。世の中の大きな資本や技術の流れに対抗しようと考えても、日本人は言語的、地理的、人材的にも不利な状況に変わりはありません。そのなかで僕は日本から世界にカウンターパンチを浴びせられるような“勝ち目のあるもの”はないかと、自分の国を改めて見つめ直すようになりました。

そのときに気づいたのは日本人が自分たちの文化に対して無自覚ということでした。インターネットのビジネスを通じて知り合った海外のクリエイターや経営者は、日本の伝統文化を評価して、敬意を示してくれていました。それなのに、自分は日本人のルーツをほとんど知らない。そう思って地域に目を向けると、東京では見つからない200年前の建物などが当たり前に残っている。いまだにおばあちゃんが釜戸でごはんを焚いている。そういう日本人のルーツが地域には断片的に残っていることに気づいたんです。そこで、日本のさまざまな地域に足を運び、それを再編集する活動を始めたんです。

検索不可能な一次情報を映像に落とし込む

民俗学者の宮本常一の本には昭和の日本の風景が文字情報として残っています。でも、著者が見た景色や音、匂いは残っていません。僕はよく「検索可能な世界」と「検索がおよばない世界」に区別して考えるのですが、音や匂いは後者に属していて、書籍に欠損しているものです。僕がそれを得るためには、自ら一次情報が残っている地域に飛び込むしかありません。だから、今は宮本常一や松尾芭蕉などの足跡をたどり、自分の生きる時代に合った情報を再編集するような感覚で映像を作っています。

いろいろな場所を見て歩くと、その地域にその文化が育まれた理由というものが少しずつわかってくるんです。でもそれを言語化して「素晴らしい」と言うのは陳腐だと思ってしまうので、映像化して、1カットでも2カットでも、作品の中に入れるようにしています。具体的に撮るものは事前に全くと言っていいほど決めていきません。本や人の噂を頼りにして、実際に行ってみることを繰り返していると、「この地域には何かある」と感じ取るための知見みたいなものが貯まっていきます。

日本には高度経済期にワーッと観光地として賑わったけれど、バブルがはじけて一気に暴落してしまった場所もあれば、バブルがはじけようが幕府が倒れようが、変わらず300年間棚田を整備して来たような村もある。そういう場所に行くと「ある」と思う。それは人の営みがあってはじめて成立するようなものだと思っています。自分たちが「何かある」と感じたところを映像にして、それを見た人の中に何か感じる、心が動く人がいれば、きっと行きたくなるんじゃないかと思っています。

秋田県「True North, Akita. #1」より。井野さんはプロデューサー、ディレクターは印藤麻記さん。

True North, Akita. #1 from augment5 Inc. on Vimeo.

秋田県「True North, Akita. #2」より。

True North, Akita. #2 from augment5 Inc. on Vimeo.

自分たちが一番面白いと思うものを撮っている

映像にわかりやすいキャッチフレーズをつけたり、タレントを使って「ここに行こうよ」みたいなキャンペーンを打つことにはあまり興味はありません。それでは、その土地の文化や歴史に関心のない人も来てしまいます。興味のあるところに、自分の足で赴いて、そこにいる人と話をして、食を共にして、生き方を交換する、結果的に視点がすこし変わる、というようなことを大事にしたいと思っています。

僕たちは自分たちが一番見たいもの、伝えるべきと感じたものを作品としてつくり続けているんです。だから他人の作ったテーマや要件に縛られてしまうような代理店経由の仕事もしていません。自分たちでロケ地も選んで、音楽も作って、映像を作っている。つまり著作物として自分でコントロールできるようになっています。その素材の多くはそのままインターネットの中で自然発生的に広がり、結果的にNHKの海外番組に取り上げられたり、地方局で使われたり、有償で自治体のPRに使われることになったりで、副次的な収入が入ります。日本の多くのプロダクションは、こういうやり方をしていないと思います。

予算も納期もストーリーもどうなるかわからない、わがままなものづくりですが、視聴者が今では単純にコマーシャル的な要素が入った映像から情報を受け入れることに敏感になっている。僕たちはそういった違和感があるものをすべて排除しているし、作品のクオリティにも一切妥協しません。その結果、最近は映像が常にローンチ後に何百万回と再生されるようになって、それを継続することで影響力を増していけると思っています。魅力的な情報を出すほど、コンテンツとしての効果が上がり、マーケティングコストが下がる。それはコンテンツマーケティングの考え方そのものなんです。

地域に行った後のリアルな体験をつくる新会社を秋田に設立

僕たちの映像のオリジナリティは、使っている機材や予算にあるのではありません。視点の持ち方や伝え方にあると思っています。よく「レンズは何を使ってるの?」「予算はいくら?」と聞かれますが、本質はそういうことではないんです。僕たちが何を伝えたいと考えて、地域を切り取っているのかに着目してもらいたいです。

コンテやシナリオもありません。撮影クルーがその地域の人や風景と一緒に過ごしながら撮っていくと、後からいいなと思うシーンは不思議とほぼ一致しているんです。その「いいな」というシーンを後から素直にまとめただけ。順番もほぼ自分たちが経験した時間軸のまま並んでいます。

最近、力を入れて撮影しているのは秋田県です。秋田は高度成長や情報化社会の中で取り残された地域という見方もあるかもしれませんが、裏を返せば風土の豊かさがその原型をとどめた状態で残っているということ。秋田というと、なまはげやきりたんぽをイメージしがちですが、僕たちはそのままの暮らしや風土、そこにいる人だけをそのまま撮りました。僕らが行って感じたことの純度を落とさないように、無添加のフレッシュジュースのようにして切り取っています。僕たちはなるべく秋田の人が「これが秋田だ」と言えるものを出したいんです。

少しずつですが映像を見て、実際に現地に足を運ぶ人も増えました。ネットのコンテンツがきっかけではあるけれど、どんどん人がネットを離れて、身体を動かして、自分の目で見て、感じたくなる機会を提供する、ということは非常に価値あることだと思います。

それをさらに推し進めるために、新会社True Northを秋田に設立しました。訪れた先でのリアルな体験をつくる会社です。というのも、実際に映像を見て足を運ぼうとしても、その場所にたどりつくのは本当に大変なんですよ。古民家に行くのに駅から7時間もかかり、お店は全部しまっていて、泊まる場所もない…なんてことになったら「二度と来ない」となってしまいますから。そういう宿泊や受け入れる地域の人材、交通や物流の状況を少しずつ変えて行って、映像の先にリアルに豊かな体験できる場所を作りたい。

そうすれば、「秋田でこれができるなら、北海道にもあるんじゃないか?」と同じレベルの体験を各地に求める需要が生まれるんじゃないかと思うんです。僕がこれまでデジタルの世界で人の流れや情報の流れを変えたいと思っていたのを、リアルな世界でも実現したい。そのための挑戦です。

無料で読める『本日の記事』をメールでお届けいたします。
必要なメルマガをチェックするだけの簡単登録です。

お得なセットプランへの申込みはこちら

地域の可能性を引き出すクリエイティブの記事一覧

地域の可能性を引き出すクリエイティブの記事一覧をみる

おすすめの連載

特集・連載一覧をみる
ブレーンTopへ戻る