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私のクリエイティブディレクション論

クライアントにも、社会にも「売れる企画」をつくり続ける

中村猪佐武

今年春、マッキャンエリクソンのクリエイティブを統括する立場となった中村猪佐武さん。CDとしての自分の強みは「チームワークにある」と話す。

中村猪佐武(なかむら・いさむ)
マッキャンエリクソン制作本部長 兼 エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター。1992年アイアンドエス(現 I&S BBDO)に入社、 営業局で約5年勤務の後、97年に制作局、コピーライターへ転身。2001年マッキャンエリクソン入社以来、コピーライター、クリエイティブ ディレクターとして、マイクロソフト、マスターカード、モンデリーズ・ジャパン、東急ハンズなどを担当。2008年度クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリストを受賞。

クライアントにも、社会にも「売れる企画」をつくり続ける

――CDになって変わったことは?

僕はもともと営業で、クリエイティブ志望ではなかったんです。クリエイティブを志したのは5年目。転局試験を受け、コピーライターになりました。コピーライターという肩書きを持ったものの、しばらくはどんなにコピーを書いても、「お前の書くものはまだまだ」と言われ、先輩たちに厳しく鍛えられました。コピーライターになってしばらくは自分のつくるものに自信がなくて、いつもこれでいいんだろうかと思いながら仕事をしていました。そのことが常に自分の中にあるので、ECDになったいまでも自分よりコピーやデザインが上手い人がいるということが、仕事をする上での前提になっています。

もちろん自分でもアイデアを出すし、若い人たちに負けないようにアンテナも張っています。でも、自分は決して完璧ではないし、足りないところもある。それをどう補っていくかといえば、スタッフの力にほかならない。自分が持っていないものをスタッフから引き出し、それをいかに最大化していくか。CDという肩書きでチームをまとめるようになってからは、そのことを常に意識しています。

01 モンデリーズ・ジャパン クロレッツXP シャープミント「入れすぎた」篇



02 モンデりーズ・ジャパン クロレッツXP グリーンライムミント「タンク」篇

――自分のクリエイティブディレクションの特徴はどんなところにあると思いますか。

チームで仕事をしていると、やはり自分がまったく思いつかない意見やクリエイティブなアイデアがいろいろ出てきます。スタッフから出てきたものを全く別のアイデアとマッシュアップしたり、ときにはパズルのピースをはめるように組み立てていったり。若いスタッフが何気なくいったことにもヒントはあるし、それを大きく広げてまったく別のアイデアに昇華させたり……。その取り込み方や構築力こそ、実は自分の得意なところかなと思っています。それがうまく形になると、参加したスタッフも満足したものになる。僕は常に同じメンバーで仕事をするのではなく、企画によっていろいろな人たちに声をかけるのですが、比較的どんなチームでもうまくできているのは、そういうところにあるのではないかと思っています。

チームとしてうまくいった例の一つは、エスカップのキャンペーン。アソシエイトクリエイティブディレクターとアートディレクターとほぼ3人を中心としたチームで、栄養ドリンクのあり方から考え直しました。栄養ドリンクの従来のコミュニケーションは、疲れきったマイナスな状態を普通の状態に持っていくというアプローチ。「ホップステップエスカップ」というキャッチフレーズで、マイナスをゼロにするのではなく、エスカップが日常にさらなるプラスをもたらしてくれるドリンクであるというコミュニケーションを考えました。企画は極めてシンプル。がんばる人たちに参加してもらうイベントを実施し、それをCMにするまでのプロセスそのものが企画です。思い切って削ぎ落としたことで、これまでとは違う見え方になったのではないかと思います。

どんな仕事でもクリエイティブの制作は、自分ひとりでできるわけではありません。スタッフが自分の持てる力をすべて発揮し、互いに高め合い、常にクリエイティブなチャレンジができる。そんなチームになることが理想です。

03 エスエス製薬 エスカップ「がんばる人々 横浜」篇

――ECDとして目指すところは?

ECDになってから強く意識するようになったのは、企画の売り方。いいアイデアを出すのは当然のことですが、クライアントに認められて、企画を買っていただかなければ世には出ません。そのためには面白いアイデアということだけではなく、世の中にきちんと出して、それが面白いと思ってもらえることが大事だと思っています。最近は特にその二つが交差する場所を常に探しています。クライアントにも売れて、世の中にも売れる。そういう企画を常に出し続けられるECDになりたいと思います。

今年2月に、マッキャンワールドワイドのECDであるジョン・メスカルと2日にわたりワークショップを実施する機会があり、すごく刺激を受けました。彼はマッキャン・メルボルンで「Dumb Ways to Die」を制作した人。この作品に代表されるように、社会の中にある課題を発見し、それを企業の課題として昇華させている。なんというか自分とは見ている景色が全く違うんだということ、それからクリエイティブで世界を変えるという意志の強さを見ることができました。かつて自分も「クリエイティブで世の中を変えたい」と思っていましたが、自分を取り巻く環境の中でどこかあきらめているところもありました。でも、この人はそれをあきらめずに実践しているというのを目の当たりにしたことで大きな刺激にはなったのですが、同時に社会や制作環境の違いなどを実感し、悩ましい気分も一緒に持って帰ってきました。

――これからECDとして果たす役割をどのように考えますか。

これまで僕らはCMやポスターなど目に見えるところを一生懸命つくってきましたが、これからはもっと目に見えない部分のコミュニケーションを考えていくことが必要だと感じています。世の中に受けいれられるための仕組みやコミュニケーション全体のデザインなど。それは以前に注目されたコミュニケーションデザインという言葉では、もはや収まりきらないのではないでしょうか。クリエイターとしては、コピーライターやアートディレクターという本来の領域を大事にしなくてはいけないと思いますが、もはやそれだけでは勝負できない。自分の領域以外で発揮できる強みをつくっていかなければ生き残っていけないと感じています。

今年春から制作本部を統括する役割を担っています。マッキャンの場合、クリエイターは30人程度。決して大所帯ではないのですが、最近は若手のCDも育ってきています。そんな中でECDとして、またひとりのクリエイターとして、常にスタッフに認められる存在であり続けなければ、とこれまで以上に思うようになりました。僕はもともとコピーライターですが、それ以外の強みをもっと増やして、これまで以上にいい企画を出すことに力を入れていくことが大事だと思っています。よりよい組織やチームをつくっていくためには、クリエイターとしてこれまで以上に精進していくことも、ECDとしてこれからやるべきことのひとつととらえています。

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