PRパーソンたちが実践する、メディアに取り上げられ、拡散していくための方法論とは。そして、クリエイターがコンテンツの企画段階で取り入れるべきPRの発想とは何か。電通パブリックリレーションズ(以下 電通PR)チーフPRプランナーの井口理さんに聞いた。
いのくち・ただし
1990年電通PRセンター(現電通パブリックリレーションズ)入社。PRコンテンツ創出を起点とした戦略PRの事例多数。受賞歴に、Asia Pacific PR Award、PRアワードグランプリ、国際PR協会ゴールデンワールドアワーズ、Asia Pacific SABRE Awardなど。カンヌライオンズ、スパイクスアジア審査員。著書に『戦略PRの本質―実践のための5つの視点』(朝日新聞出版、2013)がある。
PRはターゲットの周辺も含めて動かしていく手法
「どんな情報を発信すればメディアに取り上げられるのか?」「このコンテンツは、共感され、拡散するような内容になっているだろうか?」。電通PR チーフPRプランナー 井口理さんの元には、最近企業や広告会社から、こんな相談が寄せられる。ソーシャルメディアで情報が拡散しやすくなるなか、どんなコンテンツならそのパワーを最大限引き出し、効率のよい情報伝播を獲得できるのか。広告キャンペーンでも、情報設計の視点が必須になっている。
「広告クリエイティブとPRの情報発信の考え方の一番の違いは、ターゲットのとらえ方にあります」と井口さんは言う。広告は、メインターゲットに向かってダイレクトにクリエイティブを届け、動かそうとする。PRは、メインターゲット周辺の生活者も含めて広く情報を発信し、周辺経由の情報流入も併せて、最終的にターゲットを動かしていく(図1)。時間軸で見れば、広告はインパクトのあるクリエイティブで短期間に話題化を図るが、PRは継続接触によりメッセージを理解させ、習慣として根づいていくような長期的な成果を志向する。こうした違いがよく表れた例が、きのこメーカーのホクトによる「菌活」ブームだ。
ホクトは長野県に本社を置くきのこのトップメーカーだ。きのこは例年、秋冬は鍋需要で売れるが、相対的に他の季節の売上げが下がる。さらに、2011年~12年の2年間は、野生のキノコの放射能汚染問題もあり、工場産の同社のきのこさえもその余波を受けていた。季節問わず、より多くの人にきのこを食べてもらう方法はないか。そこで電通PRのチームが注目したのが、「菌食ブーム」だった。
当時は塩麹、甘酒などの発酵食が注目されており、ここ数年ではヨーグルトや納豆ブームも起きた。これらを束ね、身体によい菌を食べ健康的な生活を送ることを「菌活」という食習慣として括った。「菌」という漢字の訓読みが「きのこ」であることに着目した電通PRでは、この「菌活」の中心に「きのこ」を置き、PRキャンペーンを展開。「20~40代女性の7割が実践中!?今年の美容トレンド最前線、キーワードは『菌活』」と見出しにうたったトレンド総研の調査リリースが話題作りの第一歩。続けて専門家によるコメントをまとめたファクトブックを発行し、さらに月島のもんじゃ街などとタイアップし、毎日「菌曜日」としてきのこのメニューを提供するリアルな体験の場も用意した(図2)。
その結果、健康/ビジネス/グルメ...などさまざまな切り口でメディアが「菌活」を取り上げた。「リリースによる『菌活』への『気づき』、専門家のお墨つきによる『納得』、飲食店での『体験』の3つが生活者に向けたPR戦略の基軸でしたが、併せてこの3つはそのままメディアにとっても有用なコンテンツとなっています。すなわちそれぞれ『報道するきっかけづくり』『信頼性の担保』『取材先の確保』となり、取材しやすい条件が揃うわけです」。この盛り上がりは数字にも反映し、夏の間ホクトの売上げは前年を上回る結果となった。