「食」のすべてを愛する人へ
イギリス料理といえば一般的に「まずい」「粗末」といったイメージが浸透しており、それにまつわるジョークも枚挙にいとまがない。偶然か必然か、そんなイギリスのロンドンから、個性的な食文化雑誌『The Gourmand(ザ・グルマンド)』が2013年に発刊された。立ち上げたのは、グラフィックデザイナーのディヴィッド・レインと、レストランや食に関する企画のマネージャーをしていたマリーナ・ツウィード。彼らはニュースサイトProteinのインタビューでこんなことを語っている。
「僕らは本当に『食』に入れこんでるんだ。新しいレストランに行くのも大好きだよ」「だけど、常に新しいレストランを追いかけるのに少し疲れてきてもいたの」「気のおけない友人と食べる夕飯や、ぱっとしないカフェでの軽食だって、全部それぞれに価値があると思うんだ。それが『食』の素晴らしいところだよ」。こんな2人が、古今東西ありとあらゆる「食」にまつわる事例からそのとき面白いと思ったものをざっくばらんに紹介したり、ときにはディープに追求したりする雑誌がこの『The Gourmand』だ。
例えば、第2号の内容はこうだ。イエメン料理レストランでの若手イギリス人作家へのインタビューで幕をあけ、「すきやばし次郎」のドキュメンタリー映画のレビュー、ロンドン在住料理研究家の自宅キッチンにあるこだわりの小物紹介、70年代のニューヨークでアーティストたちのたまり場となっていた伝説のレストラン「FOOD」の話、ラン科の植物の根(生薬かつ媚薬・強精剤になる)から作るギリシア由来の飲物「Salepi」が滅亡の危機にある件、カクテルのレシピを理科の実験器具を使って構築したスタイリッシュな写真シリーズ、香りの評論家が提供する「香りのディナー」について...と、これでもまだ誌面の半分ほど。ハズレの記事が全くなく、つい隅から隅まで読んでしまう。食に関して悪名高いイギリスで、こんな雑誌が誕生したとはなんとも皮肉で、だからこそとても味わい深い。

02 カクテルの材料とレシピを実験器具を使って表現した写真シリーズ。

03 「液状の魂」というタイトルのエッセイ。「出汁やブイヨンを仕込むときの精神は、シェフというより魔術師のそれに近い」という内容にもとづいたイラストが愉快。
樋口 歩(ひぐち・あゆみ)グラフィックデザイナー。アムステルダム在住。http://www.ayumi.nl |