社内をまとめるインナー施策は、社外向けコミュニケーションの最も上流に位置すると言える。その源泉となるのが、企業のビジョンだ。商品開発や経営に生かせる「一行の戦略」を解説した『未来は言葉でつくられる』を上梓した細田高広さんが、「いま日本企業にビジョンが必要な理由」を実際の企業例を挙げて解説する。

ほそだ・たかひろ
一橋大学卒業後、博報堂にコピーライターとして入社。TBWA\CHIAT\DAYを経て、TBWA\HAKUHODOに所属。カンヌライオンズ、NYCクリオ、ロンドン国際広告賞ほか、ACC賞グランプリなど国内外の受賞多数。企業のビジョン開発に携わるほか、経営層のスピーチライティング、企業マニフェスト、ベンチャー起業支援、新規事業や新商品のコンセプト立案などを手がける。
「Why」が組織を統一する
ビジョンの本質は「What to do(何を行うか)」ではなく「Why to do(なぜ行うか)」にあります。ココ・シャネルは、口紅を携帯できるよう、リップスティックを発明しました。そのアイデア(What)の裏には「女性のからだを自由にしたい」というWhyがありました。女性が外でも自由にメイクを直せるようになれば、女性がより活動的になれるはず。そんな時代をつくるための手段のひとつとして、リップスティックは生まれたのです。この「女性のからだを自由にする」という「Why」こそが、ビジョンです。
社内コミュニケーションで、チームの思いが一致しなかったり、職位・階層で姿勢が食い違ったりするのは、「What to do」について議論しているためです。
グラミン銀行創設者のモハメド・ユヌスは、貧困者に少額融資する「マイクロファイナンス」を生み出しました。もしも、彼が「無担保無利子でお金を貸す」と言うWhatだけを語っていたら「そんなの利益にならないじゃないか!」「銀行の常識に反している」と周囲から大反対されたことでしょう。
しかし彼はWhy to doまできちんと語っていた。それが「2030年までに、貧困博物館をつくる」という言葉。つまり、「世界から貧困を根絶させるために『マイクロファイナンス』をやるんだ」と述べたわけです。だからこそ、その志に共感した社員が集い、サポーターが現れ、ビジョンに沿ったさまざまな事業をいまでも展開できているのではないでしょうか。
インナー向けのコミュニケーションを成功させるためには、逆説的ですが、インナーを向かないことが大切です。むしろ、会社の外、つまり社会にとっての価値を考える。そして社員皆でそちらを向く。目指すものが明快であれば、どんな企業やチームでもブレません。目的を達成するための具体的な「What」については、おそれずにどんどんぶつかって、いいアイデアを出せばいいのだと思います。
ビジョンで競争する欧米企業
ビジョンは、ただの言葉ではありません。社員の行動に変わり、製品やサービスに変わり、顧客の手元に届きます。ビジョンとはただのキャッチフレーズではなく、戦略そのもの。社内と社外をシームレスにつなぐ役割を果たします。
欧米企業は、ビジョンと広告におけるメッセージを一致させるケースが多く、ビジョン自体が、きちんと競争力として認識されています。
著名な例ではIBMとアップルが挙げられるでしょう。IBMは、キャッシュディスペンサーを作るComputing-Tabulating-Recording Company(C-T-R)という企業の頃から、「THINK」というスローガンを掲げていました。当時から、「私たちが世に出しているマシンは、人間に考える余裕を与えるためのものだ。私たちは考える人たちのために、考えるんだ」という理念を持っていたんです。まだ資本家の工場で働くことが「労働」とされていた時代。「もっと頭を使って働く人を増やそう」というビジョンは極めて新しい考え方でした。1924年に入り、International BusinessMachines Corporation(IBM)に改称して以降も「THINK」は使われ続けました。